陽の父と娘

 ACU2312 1/14 ヴェステンラント合州国 陽の国 テノチティトラン


 合衆国で経済的に最大の都市であるテノチティトランは、同時に陽の国の首都でもある。まあそもそも合衆国の経済は貧弱であり、ブルグンテンや平明京と比べたら閑静と言ってもいいほどの都市ではあるが。


 その首都の中央には陽の国の伝統としてかなり質素な城があり、そこが陽の国の政治、軍事の中心となっている。


 ここを居城とするのは当然ながら陽公シモン・テオドール・ファン・ルミエール・ド・ヴァレシア、そして陽の魔女――シモンの娘――レリア・フルール・イズーナ・ファン・ルミエール・ド・ヴァレシアである。


 光の魔法を極めた陽の魔女。彼女がこれまでヴェステンラントの表舞台に一歩も出てこなかったのは理由がある。


「レリア……大事ないか?」


 ヴェステンラントの良心と呼ばれる陽公シモンは、城の外れの塔を訪れる。そこには質素な寝台に横たわる、今にも壊れてしまいそうな少女があった。


「はい……大丈夫です、お父様」


 少女は――陽の魔女は、少しだけ上体を起こし、父に微笑みかける。


「ああ、いいんだ。寝ているままで」

「あ、ごめんなさい……」


 レリアは申し訳なさそうな顔をして、再び横たわった。


「一月ぶりにお越しになったものですから、つい」

「すまなかった。これまで政務に追われていたんだ。だが……」

「どう、されたのですか?」

「これから大八洲に出兵することとなるんだ。だから、1ヶ月や2ヶ月は、会うことは出来なくなってしまうだろう」

「そう、ですか……戦ならば、陽の魔女である私も……」

「ダメだ。お前はここで休んでいなさい」

「……一体、いつになったら私は、ここを出てよいのですか?」


 レリアはむすっとした顔で問いかける。生まれてこの方、彼女がこの城から出たことは両手の指で数えられる程度しかない。


「イズーナの心臓がお前の体に馴染めば……自由に外を歩けるだろう」


 ブリタンニアから奪い取ったイズーナの心臓の欠片。そのひとつはレリアの体の中に埋め込まれていた。彼女は今、力は弱いながらも、シグルズのように無限に魔法を使うことが出来るのだ。


「もう十分にこの力は使いこなせています。私ならいつでも――うっ」


 その時、レリアは苦しそうに胸を押さえた。


「だ、大丈夫か!?」

「心配は、ありません……」

「……だから、だ。この様子で戦場になど出せる訳がないだろう」


 シモンは彼女をゆっくりと床につかせた。


「くっ……他の魔女の方々は戦っていると言うのに、私はここでただ寝ているばかりです」


 五大二天の魔女は、各大公家の長女が必ず継ぐ。その者がどのような状態であろうと関係なく。


 そしてこの戦争が始まって以来、各方面で彼女らが活躍しているのを見聞きし、レリアの劣等感はより深まっていた。


「それは……」

「いっそ、ここで死んでしまった方が、合州国の為に……」


 若くして力を誰かに引き継がせる手段はただひとつ。その者が死ぬことである。


 五大二天の魔女が死ねば、その力は同じ大公家の次女に受け継がれる。つまりはレリアの妹である。


「そんなことは言うものではない。それに、お前はまだ幼いから、体がよくなれば武功を立てることも出来る」

「……そう、ですか。分かりました……」

「――すまない。もう時間のようだ。元気にしているんだぞ」

「はい、お父様」


 シモンはレリアの寝室から立ち去る。


 そして帰り際に、近くで待機していた端正な顔立ちをした男に話かけた。


「メンゲレ君、我が娘は幾分か回復していると見えたが……」


 彼はジョゼフ・レオポルド・メンゲレ。極めて優秀な腕を持つ医者として、シモンが平民から取り立てた男だ。


「はい。レリア様は一時期と比べればお元気になっています。自由に歩き回られる日も、そう遠くはないかと思います」

「そうか……本当に、君には感謝している。君がいなければ、今のように人と話すことすら出来なかっただろう」


 生まれながらにして体が弱く、寝たきり状態であったレリア。それが普通に会話をして屋内くらいなら歩けるようになったのは、この医者のお陰なのである。


「買い被りです。私はただ、人の命を助ける為ならば何でも出来るというだけです」

「その調子でいてくれ。これからも娘のことを頼んだぞ」

「はっ。大公殿下にお取立て頂いたご恩は決して忘れません」

「うむ。頼んだぞ」


 そうしてシモンは陽の国の軍勢を率い、大八洲へと向かった。


 ○


「メンゲレさん、あなたから見ても、やはり私は外に出てはならないのでしょうか」


 レリアはメンゲレ医師に問いかけた。


「そうですね……その心臓の力は魔法をいくらでも使える力。レリア様の循環系が魔法で動いているように、その四肢を魔法で動かすことが出来れば、自由に外も歩き回ることも出来るでしょう」

「え? そうなのですか?」


 実際のところはシモンは大げさに引き留めていただけで、レリアは寧ろ外に出るべき段階にある。


「はい。近頃は魔法を使うのに必要な意識が明瞭になっていられますから」


 魔法とは意志の力。明瞭な意識がなければ扱うことは出来ない。


「でしたら、やはり……」

「ですが、私もシモン様に逆らうことは出来ませんので……」

「そう、ですよね……」


 メンゲレ医師はそんなに自由ではないのである。

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