愚かな行動

 ACU2312 1/22 レギーナ王国 王都ベルディデナ


 無情とも言えるまでに立場を反転させたノーレンベルク公ルートヴィヒ。だが彼が行動を起こす前に、レギーナ臣民は行動を起こしてしまった。


「これは……民衆の抗議か。それも規模が大きいようだ」


 王宮の窓から見下ろす大通りには、数百から数千の民衆が練り歩いていた。武器などはこの市内のどこにも残っていないから、武力に訴えない平和的な活動ではある。


 彼らが口にするのは無論、徴兵制への反対と、親衛隊の立ち退きである。


 ベルディデナの人口からするとほんの一部の人間が起こしているだけのことではあるが、それでもこれだけの人間が集まると親衛隊も動くらしい。


「親衛隊か……実に嫌な予感がするが……」


 親衛隊が民衆を制御する為に出動した。これはただならぬことになると、ルートヴィヒは嫌な予感を抱かざるを得なかった。


 〇


「愚かなる民衆よ、直ちに解散せよ! さもなくば、実力を行使する!」


 数百の兵、それに1両の戦車を従えた親衛隊の指揮官が、民衆に呼びかける。


「消えろ! 親衛隊が!」「ヒンケルの犬め!」「レギーナ人はここを退かん!」


 だが市民は聞く耳を持たず、石やらゴミやらを投げつけてきた。


「これ以上の抵抗は、犯罪行為に当たる! ここにいる者全てを逮捕する権限が、我々には与えられている!」

「知るか!」「消えろ!」

「何て奴らだ……」


 親衛隊が一斉に銃を構えようと、彼らは一歩も引き下がらなかった。そうして、親衛隊と民衆大通りを塞いで睨み合うこととなった。


 〇


「殿下、このままでは流血は免れません。どうしたものか……」


 トラー宰相はルートヴィヒを再び訪ねた。


「とは言うが、私に何をして欲しいかは決まっているのだろう?」

「……はい。殿下には、民衆を説き伏せて頂きたいのです。我らの言うことはまるで聞かず……」


 つい最近まで国王だったルートヴィヒが説得に当たれば、民衆も矛を収め、全て丸く収まるかもしれない。


「よかろう。どうせ私はただの暇人だ」

「はっ。ありがたき幸せ」

「畏まるなと言っておろうが」


 という訳でルートヴィヒは民衆の説得に向かおうとしたが、その前に親衛隊に外出許可を得なければならない。


 〇


「これはこれは公爵殿下。どうされましたか?」


 親衛隊前線司令部のカルテンブルンナー全国指導者は、ルートヴィヒを恭しく遇する。


「ベルディデナで今民衆がいくらかの大通りを占拠していること、貴殿も知っているだろう」

「もちろんです。それが何か?」

「レギーナ臣民が傷つけられるのは私にとって最も本意から外れたこと。私が民衆を説得する許可をもらいたい」

「ほう。蜂起の説得でもすると?」


 カルテンブルンナー全国指導者は冷たい視線を向ける。


「ふざけないでくれ。彼らが穏便に解散するよう説得するだけだ」

「どうしてあなたがそんなことを?」


 ゲルマニア内戦を引き起こした張本人にそんなことを言われても、カルテンブルンナー全国指導者は全く信用出来なかった。


 まあこれ自体は、誰が親衛隊全国指導者であっても同じ反応を返すだろう。


 ルートヴィヒはここまでの経緯を懇切丁寧に説明した。


「――なるほど。確かに殿下の仰りたいことは理解出来なくもありません」

「であれば――」

「しかし、殿下を信用することなど出来ません。先程も申し上げましたように、あなたはゲルマニア内戦の最大の原因だ」

「くっ……」


 そう言われてしまうと、ルートヴィヒにも言葉がなかった。何も言い返せない。


「ですので、殿下とあの暴徒を接触させることは許可出来ません」

「……よかろう。これ以上の会話に意味はないようだな」

「それでは、どうぞお帰りください。帰り道にはお気をつけて」

「…………」


 ルートヴィヒは結局、何をすることも出来なかった。


 〇


「様子はどうだ?」

「何を――こ、これは! 全国指導者閣下!」


 カルテンブルンナー全国指導者は何の予告もなしに最前線を訪れた。


「はい。暴徒が退く様子は一向になく、ただただ睨み合いを続けるばかりです……」

「それはよくないな。これ以上の説得に意味はないならば、直ちに彼らを殲滅しろ」

「せ、殲滅、ですか……しかし、それではレギーナ人がまた反抗してくる危険が……」


 これをきっかけにまて内戦状態になど発展したら、親衛隊の権威は今度こそ失墜する。


「いいだろう。ならば火炎放射戦車を使え。二三十人焼き殺せば、大して殺さずとも、奴らは逃げ散るだろう」

「はっ!」


 〇


「よし。進め」


 戦車は1両しかないが、ただの暴徒相手にはこれで十分である。彼らは石を投げて抵抗するが、そんなものに意味はない。


「民衆が、火炎放射器の射程に入りました」

「……放て!」

「はっ!」


 あえて射程ギリギリで放つのは、出来るだけ死者を少なくする為である。


 炎は放たれた。暴徒の最前線にいた十名程の市民が一瞬にして炎に包まれ、体を燃やしながらのたうち回る。


「……火炎放射器を放ち続けたまま、前進せよ」

「はっ!」


 そのまま戦車はゆっくりと前進し、暴徒の群れの中に進撃していく。最初に燃えた黒焦げの死体を踏みつぶしながら。


「に、逃げろ!」「殺される!」「助けてくれ!」


 伝説上の龍が顕現したような炎に民衆は恐れをなし、たちまち蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

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