親衛隊占領下のレギーナ

 ACU2312 1/20 神聖ゲルマニア帝国 レギーナ王国 王都ベルディデナ 王宮


「この王都も変わってしまたなあ……」


 ルートヴィヒ元王はぼやいた。国王の座からは退いたとは言え王族であることに変わりはなく、ルートヴィヒは相変わらず王宮に住んでいる。


「はい、陛下……」


 トラー宰相は応える。


「いつかのメレンやキーイも、このような姿だったのだろうか」

「どうなのでしょうか……」


 街中を黒服の親衛隊の闊歩するこの王都。賑わっていた街も今やすっかり閑静なものに変わってしまっている。


 人々はあまり外出をしたがらないし、戦火を逃れる為に多くの人間がベルディデナを去ってしまった。


「私はもう陛下ではないぞ」

「そ、そうでした。今はノーレンベルク公爵ということで……」

「まあ王冠を失ったことは大して気にしていない。気にせず公爵殿下でよい」

「でしたら、はい、殿下」


 エウロパにおいて君主は基本的に終身制である。故に退位というものにはあまり前例がなく、今回は特例としてノーレンベルク公爵という地位がレギーナ王国政府から与えられた。


 まあその称号に実際的な意味はなく、何の称号も待たないことを回避する為のものに過ぎないが。


「それで宰相、レギーナ臣民の徴兵はどのような様子だ?」


 ルートヴィヒは割と裕福な暮らしを保証されているが、情報だけは全く入って来ない。庶民の新聞がほぼ唯一の情報源である。


 トラー宰相とこうして話せているのも、敗戦以来やっと許しを貰えたことだ。


「はい。ゲルマニアは約束通り、ゆっくりと徴兵を進めています。今は心身壮健なるもので長男を除く者が対象となっておりますし、それも例外が多く、現状では10万人程度が徴兵の対象です」

「なるほど。それでも当初の計画の4分の1と言ったところか」

「はい。いずれは40万の兵士を差し出すことになるでしょう……」


 40万という数字は、レギーナの人口に4から5パーセントを単に掛けただけのものである。ゲルマニア参謀本部が言うにはそれが一国の徴兵限界であり、グンテルブルク王国は実際その割合に近い兵士を出している。


「嘆いても仕方があるまい。こうなった以上、我々に出来るのはその兵士達を如何に死なせずに済ますか考えることだ」

「と、言いますと……」

「簡単なことだ。ゲルマニアが最速で勝利する道を見つけ出すのだ」


 戦争をとっとと終わらせること。こうなった以上はそれがレギーナ人の犠牲を最小にする方法である。


「しかし、我々に何か出来るでしょうか? そもそもグンテルブルクはつい最近までほぼ単独で戦争をしていた訳ですし……」


 結局のところレギーナは人的資源を提供するだけで、ゲルマニアの戦略に関与する余地はない。


「確かにな。我々は参謀本部の言われるがままだ」

「で、では……」

「我々に出来ることは、可能な限り多くの青年を戦地に送り出すことだろう」

「は、は……?」


 トラー宰相は全く以て理解が追いつかなかった。


「知っているか、宰相。例え話だが……敵味方が100人ずついるとする。敵は100人が一固まりで動いている。我々は敵に正面からぶつかることしか出来ない。そして我が方は部隊を50人ずつに分け、2回突撃を行ったとする。勝つのはどちらだ?」

「それは……敵でしょう。戦力は出来るだけ一か所に集中させるべきです」

「そうだな。どこぞの数学者の説によれば、敵は30人程度しか死なないらしい」

「そ、それは初耳です……」


 飛び道具を主とする近代の戦闘においては、その戦力は兵力の二乗に比例する。それを使って色々と計算すると、敵は30人程度の犠牲で100人を殺せてしまうのである。


「ともかく、だ。つまるところは、兵力は多ければ多いほど損耗が少なくて済む。我々は寧ろ、限界まで多くの兵を一斉に戦場に投じるべきなのだ」

「そ、それは……」

「まあ、グンテルブルク人が勝手に殺し合いをしてくれるのが一番いいがな」

「ま、まあ……」


 最良の選択肢は誰一人として出征させないことだが、次善の選択肢は可能な限り多くの若者を出征させることなのである。


 一見して矛盾しているようだが、可能な限り多くの命を救うというルートヴィヒの信念には何一つ矛盾していない。まあ理解されない話ではあるが。


「しかし、ということは、今のグンテルブルクの妥協案は、妥協案になっていないのでは?」

「そうだ。まさしくその通りだ。これでは多くの若者が無意味に死んでしまう」

「で、では陛下は――殿下は、親衛隊と協力する気でいらっしゃるのですか?」

「そうだ。レギーナの民を説得し、若者を根こそぎ動員するのだ。その他の諸邦に対しても同じように、速やかな総動員を求める」

「しかし……民はそのような理屈を理解出来るのでしょうか……」

「無論、すぐに理解してくれるとは思わん。だからこそ、説得するのだ。彼らに真摯に向き合えば、必ず理解してくれる筈。今は言葉を尽くすことしか、我々に取れる手立てはない」

「――承知しました。そのように親衛隊を話をつけておきます」


 親衛隊に抗った先鋒であったルートヴィヒが、その親衛隊と共闘しようと言うのである。

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