帝国の財政状況Ⅱ
「そ、そんなことは絵空事です! 金銀の裏付けのない貨幣などが通用する訳がありません!」
クロージク財務大臣は全力で反対した。そんなただの紙切れが貨幣として通用する筈がないというのは、ここにいる者の誰にとっても常識である。
「そうだな……確かに私もそう思う」
ヒンケル総統も今回ばかりはシグルズを擁護出来なかった。
「そうですか…………」
ここまで内閣総出で反対されるとは、シグルズには予想外であった。それが成功することは前世の記憶から明らかなのだが、明らかだからこそ説明が難しい。
「では別の案を……」
「お待ちください。僕はこの案に自信を持っています。そしてこれがゲルマニアの危機を救う最良の手段だと考えます。どうか説明の機会を」
「……まあ、話くらいは聞こう。我々を説得して見せてくれ、シグルズ」
ヒンケル総統もなかなか要求水準を引き上げてくる。とは言え、そこまで言われたらシグルズも弁論に本気を出さざるを得ない。
3分ほどで考えをまとめ、シグルズは語りだした。
「それでは、クロージク財務大臣」
「は、はい?」
「貨幣が金銀そのものであるか、或いは金銀との交換を約束されていなければならないのは、何故ですか?」
「それは……この人類全体で普遍の価値を持つ金銀が、貨幣の価値を保証するからです」
大昔は金貨と銀貨、あと銅貨くらいしか決済の手段はなかった。それそのものが額面とおおよそ同じ価値を持っており、それを買いたいものと交換しているのである。
それがどうして実物としての価値を持っているかと言えば、それが希少な金属で鋳造されているからである。
時代が下って現れたいくらかの紙幣も、金貨と銀貨との交換を約束されているからして、本質的に何も変化はない。
「はい。つまりは、貨幣に必要なのは、額面と同程度の価値を持っていることです。当然ですね。そしてこれまでは、その価値を金銀が保証してくれていた訳です」
「はい……」
「しかし、金銀であることは、貨幣の必要条件ではありません。そうですよね?」
「ま、まあ、理論的にはそうですが……」
理論的には貨幣は適正な価値を持っていれば貨幣として機能し、それが金銀である必要がない。ただ人類にとって最も分かりやすく使いやすかったのが貴金属だっただけである。
「であれは、金銀ではなく帝国政府がそれに価値を与えるのではいけないのですか、と僕は言いたい訳です」
「なるほど」
ヒンケル総統はまだ肯定も否定もしない。
「言いたいことは分かりましたが……やはり受け入れられません」
「何故です?」
「金銀は人類にとって普遍のもの。その価値を疑う人間はいません。しかしゲルマニア人全員が帝国政府を信用してくれる訳がありません」
「それは……新貨の使用を全国民に強制するしかないですね」
「強制とは……」
「ちょうどここに、そういう仕事が得意な方がいるでしょう」
「おや、私ですか?」
カルテンブルンナー親衛隊全国指導者は応えた。
「はい。全国指導者殿なら、新貨を受け入れない者を粛清するくらい簡単ですよね?」
「総統閣下からのご命令があらば、たちどころに全ての逆賊を粛清します」
「そんな、暴力で解決を図るなど……」
「いや、それはありだろう。信用させずとも使わせることは可能だし、我々には手段を選んでいる余裕はない」
ヒンケル総統は暴力を否定しなかった。暴力とは言っても政府の命に従わない者のみが対象であるから、許容の範囲内なのだろう。
「総統……で、ですが、もう一つ極めて重大な問題があります」
「何だ?」
「仮に国内で金銀とは何の関係もない貨幣を流通させられたとしても、諸外国がそれを通貨として認めるとは思えません。これは親衛隊にはどうしようもないかと」
当然のことだ。実物としての価値がない貨幣などというものを、他国が貿易で受け入れてくれるとは思えない。
「そうだな……。確かにガラティアとの貿易が行えなくなれば、我々はこの先立ち行かなくなる。そこはどう思う、シグルズ?」
「そうですね……これは暴論かもしれませんが、対外貿易ではいっそ物々交換を主とするのはどうですか?」
「なっ……ふざけているのですか?」
「いえ、僕は真面目です。帝国の生産する最新の兵器とガラティアの穀物を交換すれば、どちらにとっても得になるのでは?」
「本当に原始時代に戻ろうとでも?」
「別に、貿易からそれを仲立ちする貨幣を取り除いただけではありませんか。実利を重んじるガラティアならきっと、受け入れてくれます」
地球だったらこれは実現不可能の空論だ。
だが世界的な貿易が未発達であり、現実的な貿易相手がガラティアしかいない今のゲルマニアだからこそ、これは可能になる。
「しかし、輸出出来るだけの兵器を生産することは可能なのですか?」
「ガラティアにならかなり割高で兵器を売りつけられます」
「そういうものでしょうか……」
ゲルマニアの兵器はゲルマニアしか作れない。供給元がゲルマニアしかない以上、価格を決める権利はゲルマニアにある。
ガラティアに断交されるギリギリまで値段を釣りあげればよいのだ。
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