帝国の財政状況Ⅲ
「よかろう。シグルズの提案には大きな理がある。帝国の貨幣不足を解決するには最も手っ取り早い手段だ」
「そ、総統! 確かに貨幣不足は解消されるでしょうがそれ以外は問題だらけです! あまりにも現実味がないとしか……」
「同時に、財務大臣の懸念も大いに理解出来る。よって、折衷案を採ろうと思う」
「折衷案、と言うと?」
「完全に金との連携を絶ちはしない。ただ帝国銀行に、所有する金の量以上の貨幣を発行することを認めるのだ。これでよかろう」
端的に言えば流通する貨幣のある程度が金銀に裏付けされ、残りは帝国政府に裏付けられるということだ。折衷案ではあるが、どちらかと言うと財務大臣に寄った案であった。
「シグルズ、どうだ?」
「……当面の処置としてはそれでも問題ないかと。確かに、本格的に貨幣を金と切り離すのは、まだ早かったかもしれません」
「そうか。クロージク財務大臣は?」
「保証がないものを保証されたとして、帝国臣民は受け入れるかどうかと……」
「確かに帝国臣民全員が一斉に金との兌換を要求したら制度は破綻するだろうが、そんなことは万に一つもあるまい」
「総統閣下の仰る通りかと。この制度は十分に成り立つと思います」
考えてみれば、地球の銀行も同じようなことをやっている。銀行は預金額の金(かね)を持っている訳ではない。仮に全預金者が預金の引き出しを一斉に要求すれば、その銀行は破産する。
だがそうしたことが――一部の大不況期を除いて――起こっていないのは、そんな馬鹿なことは起こり得ないからである。
安全の為に銀行に財産を預けているものを、わざわざ手元で保管しようとは思うまい。
「……分かりました。財務省としてはその方向で検討します。しかし、これはかなり帝国銀行の領分にまで踏み入っておりますから、調整には少々時間がかかるかと」
「確かにそうだったな。いつのまにか帝国の貨幣制度を作り変える話になってしまった。まあそこら辺は、ヒムラー総裁とクロージク財務大臣に任せる。頼んだぞ」
「はっ!」
そうと決まれば話は早い。優秀な官僚であるクロージク財務大臣は速やかに調整に入り、たったの3日で新札の大量発券を開始するのであった。
〇
ACU2311 1/16 崇高なるメフメト家の国家 ガラティア君侯国 帝都ビュザンティオン
「陛下、ゲルマニアからこのような書状が届いております」
「見せてみよ」
西方ベイレルベイ、手練の老将スレイマン将軍は、ゲルマニアからの通達をアリスカンダルに手渡した。
この国もゲルマニア以外の諸国の例に漏れず、軍事と政治はほとんど分離されていない。 もっとも、武官としてここにいる者も近頃の惰弱なアリスカンダルの下では武将として活躍する機会はないが。
「なるほど。今後の交易は物々交換をするというのと、食糧を買いたいと」
「そのようです」
「これは……別にいいのではないか? ゲルマニアがそうしたいと言うのなら、応じてやればよい。断る理由はない」
未だに政治に関心が薄いアリスカンダルは、特に問題を感じなかった。まあガラティアの首脳陣は武闘派ばかりで基本的に政治の機微が分からないのだが。
「陛下、問題は軍事の問題です」
「……何?」
「ゲルマニアの兵器は確かに魅力的ですが、ゲルマニアの武器はゲルマニアしか作れません。輸入したとて、その弾丸を作ることすら出来ないのです」
「そう、か……確かにそうだ」
一国の技術だけが突出するという状況は基本的に起こり得ない。それだけに、その時に何が起こるかについての理解も薄かった。
「つまりは、我々はゲルマニアの兵器の運用については、ゲルマニアの言いなりにならざるを得ないという訳か」
「はい。ゲルマニアの意思ひとつで使えなくなる兵器など、とても使えたものではありません」
「であれば、ゲルマニアから弾丸の製造法を買えばよかろう」
「それは……確かに穀物でそれが買えるのならば安い話ですが……」
本体を買って詰め替え用の中身は自分で作るという、非常に合理的なやり方である。
「果たしてゲルマニアがそのような重大な技術を売ってくれるものでしょうか……」
「さあな。それは彼らに聞いてみないと分からん」
「それではこちらから要求を伝えましょうか」
「ああ。頼む」
〇
そして翌日。
「ゲルマニアからの返答は、否定的なものでした。そこまでの技術は売れないとのことです」
「そうか……やはり、だな」
既に蒸気機関車などの技術供与をほぼ無償で受けている。これ以上を望むのが無謀だと言うのは、アリスカンダルにも分かる。
「ではやはり、この話は断りますか」
「いいや、断りはせん。ゲルマニアからの条件のままで取引を行うと、向こうに伝えてくれ」
「し、しかし、我々が不利益を被るというのは陛下もお分かりの筈」
「どの道、ゲルマニア兵器で軍隊を作ろうなどと思ってはいない。目的はそれらを分解し、その技術を調べ上げることだ」
「それならば……構いませんが……」
スレイマン将軍は腑に落ちない思いだった。しかしシャーハン・シャーの意思はやけに固く、そのまま押し通されたのだった。
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