帝国の財政状況Ⅰ
ACU2312 1/14 帝都ブルグンテン 総統官邸
限定的にせよ神聖ゲルマニア帝国内の全ての領邦からの徴兵が開始され、帝国軍は秒読みで兵力を増やしている。ダキアへの大規模攻勢もじきに開始されるだろう。
だがそんな中、帝国では全く別な問題が生じていた。
「か、閣下、最近の財政状況について、軽く説明を致します」
気弱なクロージク財務大臣はおずおずとしながら言った。
「聞かせてくれ」
「はい。今回の大戦争による軍需産業の振興により、えー、帝国の生産高は10年前と比べて顕著に増大しています。兵器関連産業以外の生産量は概ね減少傾向にありますが、それを補って余りあるほどに兵器生産量は増大しています」
ゲルマニアの経済は非常に潤っている。少なくとも金の流れだけを見るのなら。
「そうだな。それで、何が問題だ?」
「は、はい。まず一点。デナリウスに換算すれば帝国の生産量は爆発的に増大していますが、先程も申し上げましたように、兵器以外の生産量は軒並み低下しています。これは財務省の管轄でもありませんが、特に食糧の生産量は減少しておりまして、国内の食糧供給が難しくなってきています」
戦時中に国全体が食糧不足に陥るのはよくあることだ。農業に適した人材は兵士に取られるか軍事工場に送られてしまうからである。
「これは、どうにか改善できるものか?」
「それについては労働省から一言」
白衣を纏った気丈な女性、クリスティーナ帝国第二造兵廠所長兼労働大臣は言う。
「何だ?」
「現状、これ以上農業生産高を上げるのは不可能です。前線を支えるには兵器を生産し続けなければいけませんし、これから兵器の要求は更に増えるでしょうから」
「では、諦めるか?」
「解決策は2つです。第一に、他国から食糧を輸入すること。第二に他国から――今はダキアから――略奪することです」
「ふむ……第二の方はまだやりたくはないな。となると、輸入にすべきだろうな」
「はい。幸い我が国の隣には広大な土地とミツライム穀倉地帯を持つガラティア帝国があります」
ガラティア帝国の辺りは砂漠の多い不毛な土地だと思われているが、実際は肥沃な土地も多い。特にミツライムとトリツの穀倉地帯は毎年莫大な量の穀物を生産し、ガラティア帝国の産業の一翼を担っている。
「別に6,000万人分の食糧を輸入する訳でもない。ガラティア帝国の余剰生産物を輸入することは可能だろう。そこのところは、財務大臣はどう思うのだ?」
「は、はい。帝国の税収入はうなぎ登りです。この金で食糧を輸入するのは悪くないでしょうが……」
「何か問題が?」
「はい。えー、ここで第二の問題が出てきます。帝国の経済は比類なきまでに活発化しておりますがそれを回す為の金貨が不足し始めています。このままでは貨幣の量が取引に間に合わず……経済が停滞することは明らかです」
「なるほど……貨幣改鋳ではダメなのか?」
貨幣の質を落として量を増やすことによって、経済の拡大に対応する。遥か昔から試みられてきた手段である。
「貨幣改鋳は大抵ロクな結果になりません。それに、ガラティアと大々的な取引を行おうとしている中で、そのようなことは……」
この戦争に勝利する為、ガラティアと更に大々的な取引を行うことは規定事項だ。その上で戦略を考える。
「ではどうすればいいんだ?」
「それが財務省としても有効な対策を講じられておらず、現状では積極的な投資を行うべしとしか……」
「ふむ……」
ゲルマニアは経済的に詰みに陥っていた。これを解決出来なければ、ゲルマニアは内部崩壊の憂き目に遭うだろう。
「そうだな……こういう時にいい案を出してくれる者と言えば……」
そんな都合のいい人間がゲルマニアにはいるのである。
〇
2日後。
「東部戦線からよく来てくれたな、シグルズ」
「この程度は慣れましたよ、総統閣下」
その人間とはシグルズである。ヒンケル総統は早速ゲルマニアの問題を説明し、シグルズに解決策を求めた。
「なるほど……。僕は経済にあまり明るい訳ではありませんが、ここは金貨や銀貨といった制度を廃止するのはいかがですか?」
「は? な、何を言っているのですか? ゲルマニアを原始時代の物々交換に戻そうとでも?」
クロージク財務大臣は酷く狼狽えた様子で言った。この世界にとって貨幣とは、それ自体が価値を持った金貨や銀貨なのである。それ以外は存在しない。
「いえいえ。まさかそんな馬鹿な話はしません。つまるところは、金や銀に囚われず、帝国が自由に貨幣を発行すればよい、ということです」
「金銀の裏付けのない貨幣を作れと言うのですか?」
「そうです。帝国政府が紙切れを指して1デナリウスの価値があると言えば、それにはもう1デナリウスの価値があるのです」
要は現代において当たり前となっている名目貨幣である。
基本的に現代の貨幣は何もしなければそれそのものに価値はないが、政府がそれの価値を保証することで、貨幣として機能するのだ。
そんな圧倒的に時代を先取りした提案を、シグルズは叩きつけた。
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