南極の墓
ACU2312 1/8 南極大陸
「ああ……まったく、馬鹿みたいに寒いな、この場所は」
雪と氷で閉ざされ、人間の痕跡などまるで存在しない南極の地。
ヴェステンラント女王ニナは、南極大陸を一人歩いていた。魔法でかまくらのように火球を浮かべ全身を覆い隠すという荒々しい手段で暖を取りながら進んでいるが、それでも寒いものは寒い。
視界を確保する為にはどうしてもある程度の除き穴を開けなければならず、火の壁の隙間から痛いほど冷え切った空気が流れ込んでくるのである。
「これでもまだマシというから……本当に寒いな……」
世界で最強、無敵の魔女であるニナも、この寒さには音を上げていた。南半球では夏にあたるこの時期に訪れたものの、この魔法を手放したらあっという間に死にそうである。
「まあ、私以外の人間は辿り着けないだろうし、正しくはあるが……うう……」
ニナも魔法を覗けば年端もいかぬ少女だ。この寒さの中では少女らしい姿を見せる。
「と、あれだな……」
南極も南極、本当に自転軸が通る辺りに、おそらくはこの大陸で唯一の人工物が存在している。
それは氷で出来た小さな納屋であった。その外壁の色はそこら中に張っている氷とほとんど同じであり、その存在を知らない者が見つけ出すのはまず不可能だろう。
ニナも正直、見つけられるかは微妙なところであった。
しかしその小さな建物は、ニナが本当に目指す場所ではない。それは入り口の目印程度に過ぎないのだ。
納屋の中に入ると、一見してそこには何もない。
「よし。開くな」
だがその床をよく見ると、僅かに切れ目が入っている。それは取手のない扉である。魔法で床板を持ち上げることで初めて地下に入ることが出来るのだ。
「クッソ……まだ寒い……」
風がないだけ地下の寒さはまだマシだ。だが相変わらず気温は氷点下30度ほどであり、火球を周りに浮かべていないと死んでしまう。
ニナは階段を降り、そして中くらいの大きさの氷の部屋に行きついた。
その部屋に壁には無数の武器とエスペラニウムがたてかけられ、中央には簡素な棺が置かれている。それだけの、暗く寂しい空間だ。
「さて、我が始祖イズーナよ……」
ニナは紫に光る魔法の杖を取り出すと、渾身の力を込めて棺の蓋を持ち上げた。その蓋は普通の人間が持ち上げられないように鉛で作られており、ニナでも本気を出さないと動かせないのだ。
だが――
「な…………」
イズーナは言葉を失った。あまりの衝撃に、無意識のうちに一歩二歩と、足が棺から遠のいた。
「な、ない……だと……? バカ、な…………」
そこには何も入っていなかった。文字通り、何もなかった。ただ新品のような綺麗な棺が展示されていただけだったのだ。
「百年以上経ったことだし、腐り果てたか……? ……いや、違うな。この極寒の地で骨まで腐りきるはずもなし、か……」
例え死体が腐りやすい中央ヴェステンラントに棺を置いていたとしても、骨の一片くらいは残っている筈だ。それなのに、ここには骨の欠片すら残っていない。
「最初からなかった、ということか…………」
結論は一つ。最初からそこにイズーナの死体など納められていなかった。王家に伝承されてきたイズーナの亡骸の在りかは、嘘っぱちだったらしい。
「ふはは。ここまでがイズーナの死体に触れさせない為の仕掛け、とでも言いたいのか!」
イズーナの死体を手に入れたい不届き者がいて、仮に王家の伝承にまで辿り着いたとして、それすらも囮。或いは敵を騙すにはまず味方から、というものか。
いずれにせよ、イズーナの居所は最早誰も知らない訳だ。
「まさか死体などもう残っていないのか……いや、そんな筈はない。我が祖先が、そのような愚かな選択をする筈がない。だが、どこなのだ……」
イズーナの死体は重要な戦略資源だ。だから王家の先代は必ずそれをどこかに隠した筈。ニナは何としても手に入れなければならない。
「……まあいい。ここにないと分かっただけでもよしとしてやろう。それよりも早く帰りたい……」
寒い。とにかく寒い。ニナはとっとと南極を起った。
○
ACU2312 1/10 ヴェステンラント合州国 陽の国 王都ルテティア・ノヴァ ノフペテン宮殿
「おい、ルーズベルト、暇か?」
女王は外務卿を訪ねた。
「この後大陸南端の原住民との会談がありますが……お話をする時間くらいならば」
「それでいい。お前、イズーナの死体がどこにあるか知っているか?」
何も包み隠さず、単刀直入に問いかける。あまりにもド直球な問いに、流石のルーズベルト外務卿も困った顔をした。
「おやおや……イズーナの死体、と、言いますと……それは王家の家祖たるお方のご遺体のことですかな?」
「お前、やはり何か知っているな?」
「いえいえ、そのようなことを突然お尋ねになられましても……」
「とぼけるな。今すぐに首を打ってもいいのだぞ?」
ニナはルーズベルトの首すれすれのところに裸の刀身を作り出す。
「これは恐ろしい……しかし本当に、私もその居場所までは存じておりませんのです」
「――では何を知っている?」
「そうですね……陛下ならばもうその居場所はご存じの筈、とでも言っておきましょうか」
「……そうか。なればよい。このことは他言無用だ」
「はあ……」
ニナは姿を消した。刀身はルーズベルトの足先のすれすれに突き刺さった。
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