幕引き

 ACU2311 12/31 王都ベルディデナ市内


「さあ、殲滅を、壊滅を、絶滅を!」

「は……はっ!」


 城門を突破した親衛隊は市内で敵の抵抗に遭った。だが重砲も魔導兵もないただの兵士など、親衛隊の敵ではない。


 家々の影に隠れ健気に抵抗を試みるレギーナ兵は、火炎放射器は家ごと焼き払う。多くの兵士が炎に包まれ、苦しみの中で死んでいった。


 無論多数のレギーナ市民も巻き添えを食らって焼け死んでいるが、カルテンブルンナー全国指導者はまるで関心を示さなかった。


「ふーん。君は民間人を殺すことに躊躇いがないんだねー」

「民間人を殺すことは、そもそも我々親衛隊の仕事です。それに、逆賊ルートヴィヒに与する者は全て罪人。殺しても何ら問題はありません」

「ふーん。そう」


 ライラ所長も特に関心はなかった。彼女も彼女で、有能な技術屋以外の生命には一切の興味がないのだ。


 そうして抵抗する者の一切を消し炭にしながら、親衛隊は王宮へと進撃する。


 ○


「陛下! 敵はベルディデナを焼き払いながらここに向かって来ています! これは最早…………」


 トラー宰相は悲痛な面持ちで告げた。ルートヴィヒ大統領の起死回生の一撃は、全て失敗に終わった。レギーナは親衛隊に抗う武力を失ったのだ。


「かくなる上は……南部に逃げ、抵抗を図りましょう。まだ敵はベルディデナを包囲していません。逃げることならば……」


 レヴィーネ外務卿は言った。まだ王都が占領されただけである。親衛隊の手はまだ、王都に至る街道の上にしか伸びていない。


 だがルートヴィヒ大統領は真面目に取り合おうとも思っていない様子だった。


「ふ……ここから逃げたとて、どうすると言うのだ。我々には反撃の為の兵士もなければ、立て籠もれる城もない。ただ死を先延ばしにしたところで、何が変わろうか」

「し、しかし……まだ他の領邦からの助けが来る可能性、も……」


 レヴィーネ外務卿の声はどんどん暗くなっていった。


 既に鉄道網は寸断されている。援軍を送れるのは近隣の領邦だけだが、その国力には期待も出来ないだろう。そもそも連合帝国で最強の軍隊を持っているのはレギーナ王国なのだから。


「し、しかし、ロタリンギア辺境伯ならば、或いは……」


 辺境伯領は国力に比して極めて高い軍事力を持っている。確かにそれなりの兵力は期待出来るかもしれない。


 だが、その時だった。


「へ、陛下! 大変です!」


 慌てた様子の伝令が玉座の間に駆け込んできた。


「ロタリンギア辺境伯が、ゲルマニアに降伏すると宣言しました!」

「な、何だと……」


 ロタリンギアからの外交官にも知らされていないとなれば、本当に土壇場で決定したのだろう。


「陛下……」

「うむ」


 唯一の希望も絶たれた。


 更にはそれに呼応して、パンノニアやノイエスライヒなどの諸邦も次々と、グンテルブルクに恭順する姿勢を示したと言う。


 死体蹴りとはまさにこのこと。どんどん希望を剝ぎ取られ、残っているのは絶望だけだ。


「……最早、ここまでか…………」

「陛下……」

「直ちに降伏の意を伝えよ! このままでは犬死だ! 我が民を無為に死なせてはならん!」

「はっ!」


 王宮や市内の軍事拠点には白旗が掲げられ、親衛隊にもブルグンテンにも降伏の通信が打たれた。


「直ちに武装を解除し、国王陛下に投降せよとのこと……」

「……よかろう。今更恥も何もない。民の為であれば、親衛隊の軍門に下ろう」

「はっ……」


 レギーナ王国が降伏したことにより、ゲルマニア連合帝国は名実共に消滅。たったの2週間で、大統領という職は生まれて消えた。


 〇


 ACU2311 12/31 帝都ブルグンテン


 それと同時に、蠢く影が帝都にあった。


「予想通り、ブルグンテンの警備はザルも同然であるな」


 ヴェステンラント女王ニナは、体を透明にしながら帝都に悠々と侵入した。肉眼で彼女を捉えることは不可能である。


 このような存在を鑑み、本来なら主要都市では魔導探知機を使った警戒が行われているのだが、この内戦のゴタゴタでブルグンテンはもぬけの殻にも等しかった。


 かくして女王は、帝都のある場所を目指す。


「感じるぞ……この気配、紛れもなく我が祖……」


 辿り着いたのはブルグンテンの外縁部にある小さな木造の民家。


「なるほど。面白い偽装だ」


 しかしその壁は全て鋼鉄で作られていた。戦車よりも頑丈な建物を木で造られているかのように偽装しているのだ。


 ニナはそんな不気味な建物に、怖気付くこともなく堂々と入る。が――


「何者だ?」

「ほう」


 中にいたのは真っ白い鎧を着た、ゲルマニアの兵士とは思えない男達。彼らは透明になっている筈のニナの存在に気付いたのだ。


 ニナは姿を晒し、堂々と宣言する。


「余はヴェステンラント合州国が女王、ニナ・ファン・オブスキュリテ。悪いがお前達には死んでもらうぞ」

「ここに足を踏み入れる者は、何人たりとも生かして返す訳には行かぬ」


 白服の男達は剣を抜いた。紫に妖しく輝く剣であった。


「ほう、魔法の杖を剣にしたか。……いや、そうではない。それは何だ?」

「答える謂れはない。皆、殺せ」

「そうか。なれば仕方ない」

「な――」


 その瞬間、男達の首が全て落ちた。戦いは一瞬にして終わり、首のない死体とニナだけが残された。


「では、頂くとしよう」


 そうしてニナはお目当ての品を持ち去った。

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