最後の賭けⅡ

「や、やったか……?」

「どうだろうね~」

「……どうやら、やってはいないようです」

「あ、あれは……!」


 黒煙の中から、兵士が姿を現した。彼らは軍服が些か汚れていたが、それ以外はまるで無傷であった。


「か、閣下! 砲撃が効いていません!」

「見れば分かる」

「こ、これは……」

「ダキアの魔女、だね」

「はい。その通りでしょう」


 飛行魔導士隊は今回は地上にあって、城門から打って出る兵士たちを魔法で保護したのだ。鉄や木や氷の壁が兵士たちを護っている。


 奇しくも最前線を戦車で固めて突撃しようとしている親衛隊と全く同じ発想であった。


「閣下、どうされますか!?」

「砲撃を続行しろ。暫く様子を――」

「敵が突撃してきます!」


 魔法の壁を持ち上げ、小銃を乱射しながら、レギーナ兵は突撃して来た。既に死兵のような有様である。


「ならば、この場で迎え撃て。砲撃は続行、機関銃も撃ち始めろ」

「はっ!」


 敵はすぐに機関銃の射程に入った。戦車砲の榴弾と、無数の機関銃からの掃射。その圧倒的な火力が城門の周辺に集中された訳だが――


「効いていません! 敵の守りは固いです!」

「いや、犠牲を顧みずに突撃してきているだけだ」


 実際のところ、多くの兵士が銃弾に貫かれ倒れている。だがレギーナ兵は味方の死傷者など目もくれず、ひたすらに親衛隊に突撃してきていたのだ。


 全く以て美しくない作戦に、カルテンブルンナー全国指導者の紅茶は少々苦くなる。


「どうするの、全国指導者さん?」

「機関短銃で接近戦をするしかないでしょう。全軍、白兵戦用意」

「はっ!」


 敵の接近を許さず殲滅するという作戦は崩れた。であれば、敵を接近戦で葬り去ればよい。


 魔女と言っても数は少数であり、乱戦になればほとんど無視出来る。そして兵士の数も武器の質も親衛隊に理があり、負ける理由が見見当たらない。


 戦車と装甲車に斬り込まんばかりに突撃してきた敵兵を、その陰から機関短銃で速やかに射殺する。接近戦では機関短銃に圧倒的に分があり、レギーナ兵が陣形の奥にまで侵入することは叶わない。


 と、その時だった。


「か、閣下! 後方から多数の魔導反応です!」

「何? 詳細を聞かせろ」

「て、敵の魔導兵、およそ3千が、こちらに向かって来ています!」

「これはまずいんじゃないの?」

「――そのようですね。我々は危機的状況にあります」


 正面は優勢だが、敵の勢いは衰えず、手を抜くことは出来ない。


 後方から襲撃を受けることなどまるで想定しておらず、ここで攻撃されれば一瞬で陣形は崩壊するだろう。


「敵の魔導兵がもう到着しているとは……」


 不覚であった。シグルズが襲撃した魔導兵が援軍の第一波だと思い込んでいた。だが、まだ詰みではない。


「か、閣下! どうされますか!?」

「……よかろう。戦車隊に伝えよ。炎を以てレギーナ兵を焼き払えと」

「え? りょ、了解しました……」


 何のことだか分からず、通信士は前線にカルテンブルンナー全国指導者の言葉を伝えた。


「へー。まだ切り札を残しているんだ」

「この程度が親衛隊の本気だとは、思っていただきたくないものです」

「でも、後ろから魔導兵が来ているよ?」

「はい。こちらは残りの戦車と、せっかくですから空堀を使わせてもらいましょう」


 まず戦車のおよそ半数が砲塔を反対に回転させた。簡単に向きを変えられるのは戦車の特権である。続いて余力のあった歩兵達は空堀に入り、仮の塹壕とした。


 無防備な工兵隊などは空堀の奥に完全に隠れる。こうしてたちまち魔導兵を迎え撃つ態勢が整った。


「魔導兵が接近しています!」

「ああ。迎え撃て」


 戦車は榴弾を放ち、歩兵は機関銃と小銃で魔導兵を狙撃する。榴弾の効果は絶大であり、最初は整列して突撃して来た騎兵も、今やバラバラだ。


 とは言え、完全に敵を食い止められるかというと、そういう訳でもない。


 このままでは魔導兵が防衛線を突破するのも時間の問題だ。兵士が足りないのである。


「閣下、やはり魔導兵は……」

「落ち着け。まずは炎からだ。準備はいいか」

「炎っていうことは――」

「ええ、殿下ならご存知でしょう。――おや、始まったようです」


 その瞬間、レギーナ兵は炎に包まれた。突如として火の海の中に放り込まれた彼らは酸素を失い次々と倒れ、その死体は煌々と燃え盛る。


 その炎の前には流石のレギーナ兵も恐れをなした。この中に突っ込もうとする者はいないだろう。たちまちレギーナ兵は城内に撤退した。


「火炎放射器か……クリスティーナが戦車に取り付けたんだね」

「はい。その特注品を、今回我々に回して頂きました」

「なるほどね」


 炎の正体は、火炎放射器に改造された主砲である。その主砲から龍の炎のように火を噴き、敵を焼き殺したのだ。


 平地であれば、物理的な損害自体はそこまででもない。しかし、人間を相手にするには最高の武器である。


「これで実用性が証明されましたね、殿下」

「うん。どうもー」

「さて、それでは、残る敵を殲滅しましょう。全軍、全力で魔導兵を迎え撃て」

「はっ!」


 城門を数両の火炎放射戦車で塞ぐと、残る兵士、戦車は全て後ろに回った。倍の砲撃、数倍の機関銃が魔導兵を迎え撃つ。


 数的優勢をたちまち覆され、ダキアの魔導兵は潰走した。ルートヴィヒ大統領の最後の賭けは、親衛隊の圧倒的な勝利に終わったのだった。

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