最後の賭け

 ACU2311 12/29 王都ベルディデナ 王宮


「陛下……ダキアからの援軍が、グンテルブルク軍の襲撃を受け、壊滅しました……」


 レヴィーネ外務卿は悔し気に、ルートヴィヒ大統領に報告する。


「そう、か……」


 親衛隊が本格的な攻撃を始めたその日、ベルディデナに飛び込んできたのは最悪の報せであった。ダキアとレギーナを結ぶ線路は絶たれた。


「これで、我々は完全に孤軍となったわけだな」

「は、はい……」


 既にガラティア帝国からの援軍を断っている以上、これでレギーナが支援を受けることは不可能となった。今ベルディデナにある戦力が、ルートヴィヒ大統領の使える戦力の全てである。


「こうなるくらいなら、ガラティアと素直に協力していれば……」

「馬鹿を言うな、外務卿。ゲルマニアの土地は村の一つであろうと、ガラティア人などにくれてやるものか」

「陛下は……いえ、もう気にしたところでしょうがありませんね」

「うむ」


 どう考えてもガラティア帝国と協力すべきだった。彼の国にゲルマニアを侵略する意図があったとしても、だ。


 だが後悔してももう遅い。レギーナ王国は完全に敵中に孤立し、戦力でも圧倒的に劣勢である。


「しかし、増援が期待出来なくなった以上、時間を稼ぐことには意味がなくなりましたね……」


 トラー宰相は言う。


 当然のことだが、時間を稼ぐのは時間が経てばこちらが有利になるからだ。今や時間が経てば経つほどレギーナが追い詰められるだけだろう。


「その通りだ。よって、我らは現有の戦力だけで決戦を挑まねばならない。それも早急に」

「……はい」


 増援がない以上、籠城していては決して勝てない。城外に打って出て、親衛隊を撃滅しなければならないのだ。親衛隊に兵力で劣る状況で、だが。


 唯一の好条件は、たった4万の兵力では広大なベルディデナを包囲出来ていないことだ。つまり外に出ようと思えば出ること自体は容易である。


「魔導兵がいるとは言え、たったの3千……我が方の通常兵力は2万と5千。これで野戦を挑むとなると……」

「ふ、ふはは、よかろう。よいではないか。奴らに目にもの見せてやろう」

「へ、陛下……?」


 絶望的な状況で、いや絶望的な状況だからこそ、ルートヴィヒ大統領の血は滾っていた。これほどまでに自分の才覚が国の運命を左右する事態はかつてなかった。


「動かせる兵は少ないが……作戦に変更はない。これより、親衛隊殲滅作戦を開始せよ!」

「些か名前がダサいですが……はっ! 必ずや、奴らを壊滅して見せましょう!」


 ○


 同日。親衛隊の指揮装甲車の中。


「流石にそろそろ、ベルディデナも限界みたいだねー」


 ライラ所長はすっかり砲撃の勢いを失った城壁を観察しながら言った。


「はい。もっとも、これが敵の主目的とは思えませんが」

「いいんじゃない、別に。ここで小細工なんてないでしょう?」

「……それもそうですね。総統閣下に逆らう者がどうなるか、見せしめにしてやりましょう」

「頑張ってー」


 砲撃戦は親衛隊が制した。ベルディデナは既に重砲のほとんどを失い、歩兵への有効な攻撃手段は尽きていると思われる。であれば、選択肢はただ一つ。


「工兵隊、歩兵を前に出せ」

「はっ」


 脅威は薄れた。まだ散発的な砲撃があるが、その程度は誤差の範囲内。歩兵は前進して戦車隊に並び、工兵隊は一通りの器具を揃え、空堀への架橋に入った。


 不思議なことに敵が工兵隊を狙うようなことはなく、架橋は速やかに完了した。その仮設の橋を渡り、戦車隊は空堀の内側に入る。


 と、その時だった。


「閣下、城門が、城門が開いています!」

「何?」


 親衛隊を目前にし、ベルディデナを守るはずの城門が自ら開いた。カルテンブルンナー全国指導者にとってもそれは想定外であった。


「降伏でもするのかな?」

「そういう訳ではないでしょう。ルートヴィヒがやりそうなことと言えば……」

「閣下! 敵です! 敵が出てきています!」

「魔導反応も多数確認!」

「なるほど。最後の賭けに出たか」

「へー……」


 城内から敵兵が雪崩のように出撃して来た。まさか向こうから仕掛けてくるとは思っておらず、親衛隊も迎撃の用意は出来ていない。


「落ちつけ。敵は所詮生身の人間と少々の魔女。かつてのダキアと何も変わらない」

「そうだねー。それなら、戦車もある私達の敵じゃないね」

「その通りです、殿下。――戦車隊、砲撃して敵を攪乱。歩兵隊はそれを殲滅しろ」

「はっ!」


 騎士らしく堂々と名乗り合ってから開戦したり、双方が準備を整えたうえで正々堂々と武を競い合ったり、そんなことは心底どうでもいいのだ。


 城門から敵が姿を現した瞬間、容赦なく砲撃を開始。榴弾の爆炎は城門を覆い尽くし、黒煙は城壁を超えて立ち上る。


「これは酷いね……。君には騎士道ってものはないの?」


 などと言いつつ、ライラ所長は楽しげである。


「正々堂々と戦争をしているヴェステンラントならまだしも、総統閣下に愚かにも弓を引く逆賊に、騎士道などが通用するとでも? 彼らはただの野盗。罪人を相手に騎士道精神を以て捕縛する警察などおりますまい」

「ふーん。まあ、どうでもいいけど」


 カルテンブルンナー全国指導者にとって、レギーナは対等な戦争の相手ではない。彼らはただの犯罪者であり、情け容赦なく殲滅すべき対象なのだ。

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