シグルズの活躍

 ACU2311 12/30 ノイエスライヒ大公国西南部


 ダキアからレギーナに兵を送るというのはつまり、グンテルブルク王国の南の国境に沿って移動するということだ。長大で脆弱な側面を晒した鉄道網を、グンテルブルクが座視する訳はない。


 東部方面軍は現在、ダキアへの攻勢を諦め、守りの姿勢に入っている。つまるところ、数万の兵力が浮いたのである。


 ゲルマニア軍参謀本部は東部方面軍から抜き取った3万ほどの軍勢で、ダキアからレギーナへ送られる援軍を襲撃する計画を立てた。


「シグルズ様、敵の列車がアヴァールを出発しました。ここに到着するまで、3時間ほどです」


 ヴェロニカはシグルズに報告した。ダキアの魔導兵3千ばかりを満載した輸送列車が、3時間後にはこの線路上に現れるのだ。


「1人たりとも逃がしてはならない。敵は必ず殲滅する。準備を怠らないように伝えてくれ」

「は、はい!」


 線路上には物々しい装甲列車。その横には10両ばかりの戦車と30両ばかりの装甲車。この防衛線を越えさせることは断じて許さない。


「ですが、シグルズ様、敵を殲滅する必要があるのですか? 参謀本部から伝えられた任務はレギーナに敵の援軍が辿り着かないようにすることでしたが……」

「ああ、ある。ずっと引き篭っていたダキア軍が巣穴から出てきたんだ。ここで殲滅すれば、ダキアに大きな打撃を与えられるからね」

「師団長殿は、この内戦の勝利などまるで見ていないようだな」


 オーレンドルフ幕僚長は、そんな言葉を誇らしげに言った。ヴェロニカは彼女の言葉に些か困惑する。


「ええと、それはどういう……」

「この内戦、我らが負けることなどあり得ない。だからそんな矮小な勝利より、これをゲルマニアの勝利に如何に結びつけるかを考えるべきだ、ということだな」

「ええ……」

「まあ、せっかく内戦になったんなら有効活用しなくちゃってことかな」

「はあ……」


 内戦でどう勝つかなど、シグルズは考えていなかった。そんなことは自明の理であって、わざわざ手を下す必要はない。


 ○


『師団長殿、敵の列車を捕捉しました』

「よし」


 列車砲からの報告。ダキア兵を積んだ列車は今、列車砲の射程に入った。


「それでは、撃て!」

『はっ!』


 ゲルマニアで、いやこの世界に存在する大砲の中で最大の口径を誇るⅢ号装甲列車の列車砲。轟音はゲルマニア軍の陣地全体にまで響き渡った。


「弾着、命中です!」

「敵は脱線しました!」


 列車砲から放たれた8センチの榴弾は、巨大な機関車をも吹き飛ばすに十分なものだった。たちまち機関車は吹き飛ばされて脱線し、それに巻き込まれて数両の客車も線路から転げ落ちる。


「最高だ。部隊は前進、敵を殲滅せよ。ダキアに加担した以上、ゲルマニア人だろうと敵だ。誰一人として逃がすな!」


 シグルズとしてはあまりこういうことは言いたくないのだが、兵士が相手にゲルマニア人がいることで躊躇するのは論外であるから、冷血な将軍のふりをしなければならない。


 シグルズと幕僚は指揮装甲車に乗り、部隊と共に脱線した列車に向かう。機関車からは派手な煙が上がり、炎上し始めていた。


「敵輸送列車、戦車の射程に入りました!」

「ああ。砲撃を始めよ」

「はっ!」


 既に燃えている列車に、榴弾で追い打ちをかける。ただの客車を転用しただけの列車では防弾性能など期待も出来ないものだ。


 榴弾が命中する度に窓や椅子や人間が飛び散る。更には運よく脱線せずに停止出来た車両も、榴弾砲によってたちまち破壊されていく。


 そして車両の残骸と共に人間も飛び散る。魔導装甲も着ていない、普通の人間であった。


「あれは……確かに、車内で魔導装甲など着ないか」


 突然の襲撃だ。鎧を着ている暇などないし、狭苦しい車内で半日以上も暑苦しい鎧を着ていては死んでしまう。


 故に大半のダキア兵は、銃すら持っていない丸腰の人間であった。


「敵も我々の存在を察知していたら武装もしていただろうが、そんな連絡が行く前に接敵したのだろう」


 オーレンドルフ幕僚長は冷静に分析する。


「作戦は大成功、ではあるか……」


 シグルズ率いる2個師団は、つい数時間前にノイエスライヒ大公国の国境を突破し、この線路上に陣を張った。あまりに急な行動にノイエスライヒは対応が間に合わなかったのだろう。


「シグルズ様、あまり浮かない顔をしていますが……」


 ヴェロニカは心配そうに言った。


「もしや師団長殿、生身の人間を殺すのに慣れていないのですか?」


 機関車や戦車の運転から部隊の指揮まで何でもこなす男、ナウマン医長は指揮装甲車の運転席から話しかけた。


「まあな。実際、生身の人間を殺したことのある兵の方が少数だろう」

「そうですな……」


 これまでの敵は魔導兵だった。銃を持ってもなお対等に立てない驚異的な敵である。


 だが、あそこにいるのはただの人間だ。銃弾を受ければ一発で死ぬかもしれないような、脆弱な人間である。


 ゲルマニア軍はここ20年ばかり、魔導兵しか相手にしてこなかった。だから普通の人間相手に気が引けるのも無理はない。


「なれば、私のような老兵にお任せください。人間相手の殺し合いには慣れております」


 かつての大北方戦争に参加したナウマン医長は、多くの人間を殺してきた。


「いや、いいんだ。これくらいはやらないと」

「……それでは、お任せ致します」


 シグルズは殲滅を命じた。それは戦闘と呼べるものではなく、虐殺と呼ぶ他ないものであった。

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