経過

 ダキアの魔導兵がゲルマニア製の列車に乗って移動しているという、なかなか滑稽な状況。中に乗る者の様子も滑稽であった。


「う……こ、これで6時間くらいは経ったか?」


 アレクセイはうなだれながらエカチェリーナ隊長に尋ねた。彼にとっては――というか大半のダキア人にとっては、乗り物に乗るということが初めてなのである。


 しかもこの列車は速度を第一にしたものであるから、乗り心地はゲルマニア人ですら悪いと感じる。


 という訳で、千人の兵士の大半が激しい乗り物酔いに苦しんでいた。


「いえ。まだ2時間です」

「う、嘘だろ……?」

「本当です」


 アレクセイは絶望した。未だに道程の四分の一も進めていないのに、もう休みたい。


「エカチェリーナ君は、どうして平気そうなんだ?」

「我々はいつも空を飛んでおります。その際の激しい動きと比べれば、この程度、大したことありません」

「そ、そうなのか……」


 飛行魔導士隊の面々は平然としている。エカチェリーナ隊長個人の性質ではなく、彼女らの慣れなのだろう。


「だ、だが、本当に吐きそうだ。一度停車してもらえるよう、頼んでくれるか?」

「はい、分かりました」


 ゲルマニア人からすると予想外の理由で、兵士の輸送は想定以上の時間がかかってしまうのであった。


 ○


 ACU2311 12/22 レギーナ王国 ノーレンベルク


 犠牲を気にする素振りも見せずに前進を続けるカルテンブルンナー全国指導者。その前に街道を塞ぐノーレンベルク要塞が立ち塞がった。レギーナの北の城門と呼ばれる大要塞である。


 もっとも、中世に建造された要塞は、石造りの城壁で構成された極めて脆いものであるが。


「この程度、我々の足止めにすらならない」

「しかし閣下、いくら大昔の城塞とは言え、機関銃などで応戦されるとそれなりの陣地として機能すると思われますが……」


 ゲルマニア人が相手にした国々の技術はこの要塞と同程度だが、魔導弩で武装したそれを落とすのは容易ではなかった。


「確かに、生身の人間に対しては機関銃の方が遥かに優秀だ」


 魔導弩の貫通力は、人間に対しては過剰なものだ。小銃弾で人間は簡単に殺せる。であれば、遥かに連射力の高い機関銃の方が生身の人間を掃討するのには適役である。


 そしてそれを備え付けられれば、中世の城塞とて甘く見るべきではない。


「はい。ですので――」

「しかしそれは、我々が歩兵だけで突撃する場合の話だ。我々には戦車があるだろう」

「しかし……狭い城内へ戦車で突入するのは、かなり危険であると……」

「そうではない。奴らの城壁を破壊すればいいだろう」

「城壁を……ああ、そうか。魔法などないのでした!」

「気づくのが遅いぞ」


 ゲルマニア軍には石の壁など簡単に粉砕出来る重砲がそれなりの数配備されている。


 だがそれが要塞への有効打にならなかったのは、ダキアやヴェステンラントの魔女が城壁を魔法で修復するからである。敵にエスペラニウムがある限り、城壁を打ち破るのは不可能なのだ。


 だがレギーナにそんな魔法はない。


「それでは、戦車に徹甲弾を装填。城壁を破壊しろ」

「はっ!」


 ○


「戦車だ! 来たぞ!」


 ノーレンベルク守備隊は僅かに2千ほど。それも訓練もしていない市民からの義勇兵である。士気だけは高いが、銃の扱いなどは操作方法を知っているだけだ。


 そんな彼らの守る城壁に、およそ30両の戦車が接近して来た。


「よし……まだだ。まだ、引き付けよ」


 何人かは実戦を経験したことのある退役兵もいる。彼らが司令官だ。


 戦車の走行音だけが響く緊迫した戦場。


「ま、まだですか!?」

「…………撃てっ!」


 戦車を十分に引き付け、それを上方から狙い撃つ。城壁の上や櫓から、機関銃や小銃で全力で射撃を行う。それ以上の武器はここにはない。


 比較的装甲の薄い上面を狙った訳だが――


「効いていません!」

「な、なんて硬さだ……いや、撃ちまくれ!」

「はっ!」


 数百発、いや数千発の小銃弾が戦車を叩きこまれた。だが装甲を貫通することはついに出来なかった。


 そもそもこの世界の戦車は魔導弩に貫かれないように設計されている。小銃ごときで貫ける筈がないのだ。


「む、無理だ! 逃げろ!」

「お、おい、こら!」


 自らに持つ唯一の武器がまるで無力であることを思い知り、一部の兵士が逃げ出した。


 だがそれを力づくで止めようとする者もいなかった。


「に、逃げさせてよいのですか?」

「最早、抵抗は無意味だ。徒に犠牲を増やすだけ……皆も逃げた方がいい」

「そ、そんな……」


 その時、戦車の主砲が角度を上げ、そして徹甲弾を放った。中世の城壁は徹甲弾に耐えることなど出来ず、たちまち砂で出来ていたかのように崩れ去った。


 多くの兵士が倒壊に巻き込まれて死んだ。そして抵抗を排除した親衛隊は、打ち破った城壁の穴から市内へ突入を開始した。


 ○


「城伯様、親衛隊が市内に攻め込んできています。我々はもう、ここまでのようです……」

「抵抗を続けましょう! 市街地ならば親衛隊とて――」

「ダメだ。無駄に市民が死に、市民の家を壊すような真似は出来ない」

「では……」

「ああ。我々は降伏する。異論は認めない」


 かくしてレギーナ王国の城門と謳われたノーレンベルクは、たったの2時間程度で陥落した。

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