大敗

「陛下……敵は我々の塹壕線に突入し、機関短銃で制圧を進めつつあります。我が軍の武装では、機関短銃に対抗することは非常に困難で……」


 トラー宰相は非常に困難と言うが、実際は不可能だ。取り回しが悪く数秒に1発しか弾を打てない小銃と、小柄で取り回しがよく1秒に数発を撃てる機関短銃とでは、あまりにも条件が違う。


 連射の速度では機関短銃に勝る機関銃も、塹壕の中ではあまりにも取り回しが悪い。つまるところ、塹壕に侵入することを許した時点で、連合帝国軍の負けは決まったも同然なのである。


「我々にも、せめて拳銃があれば……」

「陛下……」


 拳銃や機関短銃は拳銃弾を使用する。それを使うとなれば2種類の弾薬を同時に量産しなければならない訳だが、レギーナ王国にそんな余裕はなかった。


 全ての銃器の弾薬を統一しなければ、最低限の弾薬を確保することすら困難なのだ。


「陛下、まだ備えの塹壕があります。兵を退かせ、更なる抵抗を続け、敵に最大の出血を強いるのです!」

「それは……」


 それが最も合理的な判断だ。だがそれは味方に多大な損害を強いることでもある。塹壕に最後まで立てこもれば恐らく、1万以上の死者が出るだろう。


「陛下!」

「いや、これ以上の犠牲を出すことは出来ない! 全軍、直ちに撤退せよ!」


 ルートヴィヒ大統領はこれ以上の犠牲に耐えられなかった。弱い人間だと言われればその通りである。


「で、ですが――」

「余が命じたのだ! お前は従えばよい!」

「は、はっ!」


 かくして撤退が開始された。


 兵士達はよく訓練された動きで互いを援護しながら、後方の塹壕へと下がっていく。牽制ならば命中率など考える必要はない。機関銃は効果的だ。


「陛下、全部隊が第三塹壕に下がりました。ここは敵を砲撃し、撤退の援護を行いましょう!」


 これくらいの距離があればもう誤射の可能性はない。だがルートヴィヒ大統領は瞬時に決断を下せなかった。


「だが、最前線には味方がいるかもしれないのだぞ……」

「その可能性はありますが……」


 負傷兵を全員連れてくるような余裕はない。ほぼ確実に、第一塹壕には負傷したレギーナ兵が残っているだろう。親衛隊を砲撃すれば、彼らを巻き込むこととなる。


「し、しかし、残っていると言っても恐らくはほんの少数。対してこれから撤退しなければならないのは2万の兵なのです!」


 正しくは1万と7千ほどだが。


「……よかろう。多くを救うのが王の義務だ。親衛隊を砲撃し、その隙に撤退を行え!」

「はっ!」


 重砲兵はかつての塹壕に砲撃を開始する。親衛隊は塹壕を利用して砲撃から隠れ、ほとんど損害を与えることは出来なかった。だがそれで問題はない。


 敵が隠れているのならそれは前進出来ないということであるし、質の悪い炸薬は逆に効果的な煙幕となる。親衛隊を足止めしているうちに、レギーナ軍は防衛線から撤退することに成功した。


「全軍、撤退を完了しました!」

「よし。最後に、塹壕を爆破せよ」

「はっ!」


 塹壕の下には事前に爆薬を設置してある。これを爆破すれば、戦車が通れないほどの大穴が口を開く。ダキアの落とし穴戦術を参考にさせてもらった。


 爆発の衝撃はすさまじく、天にも届くと思えるほどの土煙が上がり、衝撃波が両軍に押し寄せた。


「防衛線の左右は沼地。これで戦車は暫く追って来られないでしょう」

「まあ沼地の中に道を建設した訳であるが、その通りだな」


 時間稼ぎにはもってこいだ。この間に砲兵も退かせられる。


 戦闘は終結した。結局のところ、この落とし穴で時間を稼ぐことくらいしか出来なかった。


「それで、我々は敵にどれだけの損害を与えたのだ?」

「おおよその推定ですが、我が砲兵の攻撃によって4千は殺せたとのことです」

「まあ……よいな」


 敵の10人に1人を殺せた。味方の損害は3千程度であるから、これは十分な戦果だと言えるだろう。敵の装備の方が圧倒的に優れているこの状況下では、兵士はよく戦った。


「ですが、こんな、たったの2時間程度で防衛線が陥落するとは……」

「即席の陣地なのだ。そう長く耐えることは期待していない。だが、敵は思ったより頭が回るようだ。後々に脅威となるやもしれぬ」

「と、言いますと?」


 敵は真正面から突撃して来ただけだ。ルートヴィヒ大統領が賞賛するほどの采配は見られなかった訳だが。


「そもそもここはレギーナ王国の領内だ。故に、普通の人間は奇襲を警戒し、全戦力で突撃など試みない」

「それは……言われてみれば……」

「敵は我々がこれ以上の兵を出せないと読んだのだ。我々の実情を把握し、よく考察している」


 レギーナ王国の人口を考えれば最大で40万程度の兵を動員することは不可能ではない。だがそれは机上の空論。動員の計画すら立てたことのないレギーナでは、常備兵を動かすのがやっとだった。


 それに王都をがら空きにする訳にもいかない。そこまで読んで、これ以上の部隊が存在しないと判断し、敵は総攻撃をしかけたのだ。


「しかし、ただ何も考えずに突撃しただけなのでは……」

「そうであったらよいが……いや、そういうことにしておこう」

「はっ!」


 ルートヴィヒ大統領は、あくまで尊大に振舞わねばならない。

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