戦車の真価

「さて、どうなるか……」


 その時だった。


「い、生きてるのか!?」


 一時は聞こえなくなった戦車の走行音が再び響く。履帯はゆっくりと回転を再開し、黒煙の中から健在の戦車が姿を現した。


「へ、陛下……! これは一体……」

「我らの重砲程度では、戦車の装甲を貫けないということか……」


 地球と比べれば装甲も砲も遥かに低次元だが、装甲の発達の方が早かったらしい。戦車の装甲の中には多少へこんでいるものもあったが、貫かれたものはついになかった。


 数両の戦車がその場で固まっていたが、他の全ての戦車は突撃を再開する。


「陛下! 距離を詰めれば有効打になるかもしれません! 今一度、砲撃を!」


 トラー宰相は訴えた。だがルートヴィヒ大統領にそんな気はなかった。


「この距離で一両も撃破出来なかったのだ。距離を詰めたところで、大した打撃は与えられないだろう」


 そもそもゲルマニアの重砲は魔導兵を相手にすることを前提にして製造されている。装甲を貫くのは本来の目的ではない。


 先程動きを止めた戦車も、駆動系の故障に過ぎないだろう。戦車を真正面から撃破するのは最早不可能だ。


「し、しかし……」

「撤退だ。我々にはもう、為す術がない」


 そもそもこの内戦に突入したのはレギーナ王国民が戦争に駆り出されるのを拒否する為だ。だから玉砕などして兵士を消耗しては本末転倒なのである。


「ですが陛下! ここを捨てて、どこで守るのですか!」

「む……それは……」


 珍しく、ルートヴィヒ大統領はくぐもった。実際、この短時間でレギーナ王国側が用意出来たのはこの陣地だけである。ここを捨てれば王都ベルディデナくらいしかマトモに戦える場所はない。


「なれば、どうせよと言いたいのだ?」

「せっかくの唯一の陣地を捨てるのは、無駄というものです。ですから我々はこの陣地を最大限に活用し、親衛隊に最大の損害を与え、時間を稼ぐべきです!」

「む…………」


 敵を撃退するのは最高の結果だが、それは不可能だ。であれば可能な限り時間を稼ぐべきである。


「……よかろう。全軍はここで踏みとどまり、親衛隊に徹底して抗戦せよ」

「はっ!」

「…………」


 時間を稼ぐことに意味はある。ダキアからの援軍が到着すれば、グンテルブルクに対して攻勢をかけることが出来る。


 そしてベルディデナが落とされる前にブルグンテンを落とせば、連合帝国の勝利だ。それが現在期待出来る唯一の勝利への道である。


「陛下! 敵歩兵が動き始めました!」

「ついに来たか……砲兵の狙いは歩兵に集中させよ」


 まだたった30両程度の戦車しか動いてはいないのだ。4万の歩兵はまだ銃弾の一発すら放っていない。その最後の一押しが今、動き出した。


 〇


「お前たち、俺達はここで死ぬ! 一人でも多くの親衛隊どもを冥府に道連れにして死ぬのだ!」

「「「おう!!!」」」


 戦車を目前にして、レギーナの兵士達は臆さず射撃を開始した。しかし戦車に阻まれ、親衛隊の兵士に銃弾は届かない。


 そもそも歩兵の突撃を援護するのが戦車の役割であるから、親衛隊の運用は極めて保守的である。それ故に堅実だ。


「第三小隊吹き飛びました!」

「第一中隊は全滅!」

「この……」


 他方、人間を殺すことに特化した榴弾の威力は驚異的である。たったの一撃で小隊の一つは吹き飛ばされ、連合帝国兵はみるみるうちに数を減らしていく。


 そして必死の反撃をものともせず、敵の勢いはまるで衰えない。


「クソッ!! 全く歯が立たん!」

「に、逃げましょう! これでは無駄死にです!」

「逃げはせん! 言っただろう! ここで敵を一人で多く道ずれにするのだ!」

「……は、はいっ!!」


 だがそんな彼らも榴弾の直撃を受け、痛みすら自覚することもなく死んだ。


 〇


「閣下、戦況は我が方に圧倒的なようです」

「賊軍程度が我ら親衛隊に敵うとでも思ったか?」

「いえ、まさか」


 圧倒的な防御力を誇る鋼鉄の戦車が盾となり、敵の防衛線を破壊した後、歩兵で一斉に突撃をしかける。この典型的な作戦により、レギーナの防衛線は完全に瓦解した。


 押し寄せる親衛隊の前に、彼らは蹂躙されることしか出来ない。


「か、閣下! 敵の砲撃です!」


 その時、レギーナ側が砲撃を開始した。彼らの榴弾も歩兵隊に命中し、兵士を藁の様に薙ぎ倒す。結局のところ歩兵は歩兵で、砲撃に対しては無防備である。


「構わん。このまま前進させよ」

「で、ですが……! ……分かりました。突撃は続けさせます」


 砲弾が飛び交う戦場に生身で放り込まれる兵士達。敵にも味方にも地獄のような戦場である。だが条件が同じならば、勝つのは頭数が多い方だ。


「友軍は敵の塹壕に突入し、掃討を開始しました!」

「よろしい。このまま敵を一人残らず殲滅しろ」

「――はっ!」


 数に任せて押し切るという原始的な戦術が勝利した。親衛隊は塹壕の中になだれ込み、こちらにしかない機関短銃で敵を殲滅していく。


 機関銃と小銃しかないレギーナ兵にとっては、それは絶望的な戦闘である。こうして親衛隊の勝利は決定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る