戦車対銃砲
「まずは戦車を突入させろ。弾は榴弾、出し惜しみはしなくていい」
「……はっ」
この防衛線は歩兵にとっては地獄のようなものである。倍程度の兵力ではあっという間に殲滅されるだろう。カルテンブルンナー全国指導者の指揮は冷静なものだった。
戦車32両が何の小細工もせず、真正面から突撃を開始した。ゲルマニア軍同士が戦う初めての戦争である。
○
それを迎え撃つ連合帝国軍は、ルートヴィヒ大統領が直卒していた。そもそもグンテルブルク以外の国においては戦争とそれ以外の区別は希薄で、参謀本部のような独立した指揮系統は存在しない。
「敵の戦車が接近してきています」
国王とは言え、ルートヴィヒ大統領は最前線から400パッススも離れないところに移動式の本陣を構えており、最前線を直接に指揮する。
車両の中に本陣を置いて柔軟な指揮を行うという発想は、カルテンブルンナー全国指導者と全く同じものであった。目的の為なら手段を選ばない姿勢は、似た者同士なのかもしれない。
「戦車を躊躇いもなく投入するか」
「どうされますか?」
トラー宰相は問う。宰相ではあるが、実は武官でもあったりする。
「何の為の塹壕か。全力で迎え撃て」
「はっ!」
迫りくるゲルマニア軍戦車隊に対し、連合帝国軍は銃撃を開始した。
○
「敵戦車、発砲!」
「隠れろ!」
当然ながら機関銃の射程距離より戦車の主砲のそれの方が長い。一番槍を叩きこんだのはゲルマニアの戦車であった。たちまち32発の榴弾が飛来する。
だが塹壕とは榴弾を含むあらゆる攻撃に耐える為に掘られたもの。核攻撃ですら塹壕に籠った敵兵を完全に殲滅することは出来ない。
塹壕の奥――退避壕に兵士たちは逃げ込み、頭上の爆音と振動に耐えながら、事なきを得た。
「敵戦車、距離300パッススまで接近!」
「よし。全軍、攻撃準備!」
兵士たちは一斉に銃口と頭を塹壕から出す。事前に隠しておいた機関銃も慣れた動きで並べた。実際、彼らはレギーナ王国軍の数少ない常備兵であり、その練度は根こそぎ動員のグンテルブルク軍より遥かに高い。
本来は万一ヴェステンラント軍やガラティア帝国軍がレギーナ王国に攻め入って来た時の備えであったが、それを始めて実戦に投入する相手が同胞であるとは、皮肉なものだ。
「総員、撃てっ!!」
統制のよく取れた動きで射撃を開始する。たちまち戦場はけたたましい銃声に包まれ、マトモに会話を行うことすら困難になる。
だが、その攻撃に効果はなかった。
「た、隊長! 銃弾は効いていません!」
「クソッ……」
数千の銃弾はよく命中したが、その全てがことごとく戦車の装甲に跳ね返された。そもそも魔導装甲を一撃で貫ける魔導弩にも耐えられるように製造されているのだ。機関銃程度で貫けるはずがない。
「履帯を狙え! 奴の足は脆弱なはずだ!」
「はっ!」
戦車の情報は広く知れ渡っている。そして、その設計図を一目見れば、そのキャタピラが弱点であるのはすぐに分かる。
連合帝国兵は照準を下げ、地面すれすれの履帯へ集中砲火を始めた。だが、それすら無意味な努力であった。
「嘘だろ……履帯でも、弾かれるのか……」
「やはり、小銃弾程度では……」
「いや、おかしい。そんなはずはないが……いや、そんなことを考えている時ではない! 陛下に状況を報告せよ!」
「はっ!」
彼らが戦車に与えられた損害と言えば、再塗装の費用くらいなものだった。
○
「陛下、前線部隊では足止めすら敵わないようです……」
「やはりか。しかし履帯すら貫けぬとは……まあいい。ただちに司令部を前進させ、砲兵隊は零距離射撃の用意をさせよ!」
「し、司令部を動かすのですか?」
「余が――私が前線に出ねば、士気も上がるまい」
トラー宰相は諫めたところで無駄なのを知っている。故にこの命令は何の遅滞もなく実行された。
後方に控えていた重砲兵が前進し、その間に防弾性能など皆無の指揮車両が滑り込む。そしてルートヴィヒ大統領は車両を降り、魔導通信機だけを持って兵士たちの前に無防備な姿を晒した。
砲兵達も突然の国王の来訪に驚いたが、動揺するのは10秒未満。直ちに砲を真正面に向け、砲弾の装填を開始した。
所詮は車両に備え付けられたに過ぎない戦車の主砲と重砲では、砲そのものである重砲の方が射程は長い。先手を取るのはこちらだ。
「前線の兵士は退避壕に隠れよ。最早、銃弾に意味はない」
塹壕の中の兵は銃を引っ込め、姿を隠した。その頭上を砲弾が通るのだから当然のことである。
「全門、撃ち方用意」
「照準は完璧です!」「いつでも撃てます!」
威勢の良い声が銃声の嵐の中でも響き渡る。ただちに重砲兵は戦車に照準を合わせ、後は引き金を引けば砲弾がぶっ放される。
「よろしい。撃て!」
銃声とはけた違いの爆音が戦場を支配する。
「よし。命中です!」
「うむ」
砲弾は見事に命中し、戦車は全て黒煙に包まれた。それと同時にけたたましい走行音は消える。歓喜の声が上がり、連合帝国軍は奮い立った。
「戦車など、我々の兵器の前には大したことありませんでしたな!」
「だといいが……」
ルートヴィヒ大統領はこの程度で喜ぶほど軽率な男ではない。
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