開戦前夜

 ACU2311 12/13 レギーナ王国 王都ベルディデナ


「私は、ノイエスライヒ大公殿下の代理人として、新たな国家の大統領として、レギーナ国王陛下を推薦します」

「異議なし!」「異議なし!」


 レギーナに与する各国の外交官は急遽レギーナ王国に召集され、ここで新国家の体勢について調整を行っていた。とは言え話し合いの時間などないに等しく、ここで決められるのは大枠も大枠、即ち新国家の元首だけである。


 ルートヴィヒ王はゲルマニアの軛から脱し、またレギーナ王国が主導権を握る、ゲルマニアとなんら変わらないような国家だと思われるのを避ける為、大統領制を提案した。


 だが結局はルートヴィヒ王が大統領として諸侯から認められ――責任を押し付けられたとも言えるが――新たな国家の元首となった。


「諸侯の意志に感謝する。はこれより、大統領としてこの国を守ろう」

「しかし陛下、この国とばかり言っておりますが、そろそろ国名くらいは決めねばなりません」


 レヴィーネ外務卿は言った。大統領を真っ先に決めた割には、彼らは国名すら決めていなかったのである。


「うむ、そうだな。とは言え、下手に奇をてらった名前などをつける必要もあるまい。私は素直に南ゲルマニア連邦を提案するが、諸侯の意見はどうか?」


 ルートヴィヒ大統領は極めて無難な国名を提案した。だが諸侯の反応はあまりよくない。


「畏れながら陛下――」


 カザール辺境伯の外交官は異を唱えようとしたが――


「陛下などとは呼ぶな。これよりは、私は大統領なのだ」


 ルートヴィヒ大統領はあくまで大統領という身分にこだわる。


「……はっ。それでは、大統領閣下、我々の敵は神聖ゲルマニア帝国です。南ゲルマニア連邦では、いささか名前負けをしていると言いますか……」


 確かに、あまり威厳のある名前ではない。


「……確かにな。名前は重要であるし、敵国より威厳において劣るというのは好ましい事ではない」


 簡単に言えば格好いい名前というのは重要だ。結局のところ国家は人間の集合体であり、個々人の戦意は国家の軍事力に直結する。


「であれば……」

「とは言え、私も理想というものを持っている」

「と、言うと……」

「『神聖』という言葉だけは気に入らぬ。神の威光にすがって民を纏めるなど、最早古代の陋習である。であるからして、この言葉を入れることは認めん」


 確かに神聖ゲルマニア帝国は宗教の力で国を纏めたという側面がある。もっとも今では宗教の力など衰微して久しく、その名前は残滓のようなものであるが。


「なるほど……大統領閣下の仰る通りです……」


 この点については誰もが納得した。神にすがるなど、彼らのやり方ではない。


「だが、諸君の言うことも一理ある。南ゲルマニア連邦は、確かに名前負けしているな……」

「でしたらやはり、国名には帝国の文字を入れればよいのではありませんか?」


 トラー宰相は言う。帝国というのは大きな領土を持った国という意味で、帝政とは何ら関係はない。


「南ゲルマニア帝国、か?」

「それは微妙ですね……であれば、南ゲルマニアという名前の固執するべきではないのでは?」

「南という文字を消したら、我々を我々たらしめるものがないではないか」


 神聖ゲルマニア帝国もこれから建設される国家も、どちらもゲルマニアだ。せめて南ゲルマニアと言わないと区別がつかない。


「しかし、南と言っていては、我々の方が亜流であると認めているようなものではありませんか」

「……それもそうだな」

「ですから、ここはゲルマニア連合帝国という名を提案します」

「連合帝国か……前例はない名前だが、面白いではないか」


 結局のところ奇天烈なものが好きなルートヴィヒ大統領には好評である。


「諸侯はどう思う?」


 集まった外交官達に意見を求める。


「賛成!」「異議なし!」


 すると思いの他感触はよかった。賛成が大多数である。


「よかろう。それでは我らはこれより、ゲルマニア連合帝国を名乗る!」


 国名と元首が決定した。だがそれだけだ。これ以上の事を決めていられる時間はない。その国政も大臣も、何もかもが未定だ。


「陛下――いえ、閣下、ゲルマニアが指定した開戦の時刻まで、残り6時間を切りました」


 レヴィーネ外務卿は言う。ゲルマニアからの挑戦状では、13日と14日の境目に戦争が始まることになっている。そして今は18時だ。


 本当にギリギリで国名と元首だけは決められたのであった。


「そうだな。諸君、グンテルブルク軍は真っ先にここレギーナに攻め込んでくると予想されるが、このベルディデナから退く気はない。よって我々は以降もここで政務を続ける。外交官の諸君にもここに残って本国との取次ぎをしてもらいたいが、危険だと判断するなら帰国しても構わない」


 外交官がここに残るかは自由とした。だが帰還しようという者はついに現れなかった。


「閣下、ダキアとの停戦が成立しました。また、ダキアから援軍が送られてくるそうです」

「こちらもギリギリだな……だが、間に合った。援軍を速やかに輸送出来るよう、諸侯は準備を進めてくれ」

「はっ」

「それでは諸君、戦争を始めるとしよう」


 ついに、平和的な解決は叶わなかった。

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