レギーナの妥協
マキナが簡単に倒されてしまい、レギーナの重臣達は震え上がった。
「それでは国王陛下、最期に言い残すことは?」
ジハードはルートヴィヒ王に短剣を向け、投擲の体勢を取った。彼女が剣を投げればルートヴィヒ王は為す術もなく死ぬだろう。
「そうだな……死体が死んでいるかの確認は怠らないほうがいいと、余の子孫に語り継いでもらうとしよう」
「は? ……っ!? 何!?」
その時、マキナが倒れこんでいた血の水たまりが、マキナに吸収されるようにして瞬く間に消滅した。そしてマキナの腕が、脚が、動き出す。
「……無駄な魔力を使わせてくれたな、このクズが」
メイド服を血で染めた恐ろしい姿をしたマキナは、恐ろしい形相を浮かべながらゆっくりと立ち上がった。
「こいつ……心臓を吹き飛ばした筈なのに……」
「心臓を吹き飛ばした? この私をその程度の事で殺せるとでも思ったのか?」
「…………」
「さて、まだやろうというのかね、ジハード君?」
「……今回は退くとしよう」
ジハードは黒い羽根を広げると、玉座の間から文字通り飛び去った。
「あ、あいつを追え!」
トラー宰相は近衛兵に指示を出す。
「やめておけ。ただの兵士では、彼女の相手にもならぬよ」
「し、しかし……」
「余の命に従えぬと?」
「まさか! 陛下のご命令とあらば、いかなる命にも従います」
「それでよい」
規格外の存在であるマキナには太刀打ち出来なかったものの、ただの兵士と比べればジハードは圧倒的な戦力だ。無駄に死人を増やすだけだろう。
「さてマキナ君、君はこれからどうするのだ?」
「はい。このまま本国へ帰還するつもりでいましたが、今回お命をお助けしたことについて、陛下には恩賜を賜りたく存じ上げます」
「き、貴様……!」
「よかろう。余は命の恩人に何の礼もしない恥知らずではない。余と大臣の命の対価として、何を欲する?」
「ヴェステンラントとの協力を。ヴェステンラントの支援を断らず、共に戦っていただきたい」
一見すると奇妙な――というか立場が逆なような気もするが、これが正しい。ヴェステンラントの支援を受け入れるということが、内戦を長期化させゲルマニアの力を弱めることに他ならないのだ。
「よかろう。貴国からの援助は全て受け取り、グンテルブルクと全面戦争に乗り出すこととしよう」
「はい。ありがとうございます。それでは、私はこれにて」
「君の主によい報告が出来るな」
「……はい」
マキナは去り、玉座の間には近衛兵の死体だけが残された。その後死体は片付けられ、会議は再開する。
「しかし陛下、本当によかったのですか? ゲルマニアが他国の干渉を受ける事態は論外とのことでしたが……」
「こうなってしまったからには、我らも戦略を変更せざるを得ないだろう」
「と、言いますと……」
「我らに魔導兵があるのならば、この戦争に勝利する道もある。グンテルブルクの奴らが狙っていることと同じことをし返してやればいいのだ」
「それは……帝都ブルグンテンを落とすということですか!」
「うむ」
そもそもレギーナ王国の戦争目的はグンテルブルクを殲滅することではない。ゲルマニア総動員を力ずくで止めさせることだ。故にグンテルブルクの首都だけを落とし戦争を速攻で終結させるというのは合理的な方法である。
「上手くいけば、ゲルマニアの戦争に影響を与えず、かつ我々の要求を通すことが出来るであろう」
「流石は陛下。素晴らしきお考えです」
「しかし……陛下、今更なことをお尋ねしたいのですが……」
レヴィーネ外務卿は言いづらそうにして言った。
「何だね?」
「我々が総動員に協力しなければ、ゲルマニアは今度の戦争に勝利出来ません。それについては、どうお考えでしょうか……?」
ルートヴィヒ王はゲルマニアの心配をしながら内戦をしようとしているが、ゲルマニアを思うのならばそもそも総動員に賛成するべきなのである。
その矛盾については誰もが何となく気づいていたが、あえて口に出しはしなかった。だが今こそ、その矛盾を解消しなければならない。内戦もまだ始まってはいないのだ。
「それはヒンケル総統の言葉に踊らされているだけだぞ、レヴィーネ外務卿」
「は……?」
「まずこのエウロパにおいて、敵を完全に屈服させるまで戦い続ける戦争はあったか?」
「それは……古代においてはありましたが、ここ千年、そのような戦争は起こっておりません。先のダキアとの戦争を除けば、ですが」
「そうだ。そして、倍の兵力がなければ敵を屈服させられないというのも誤りだ。ヒンケル総統はただちに敵を滅ぼそうとしているに過ぎない。持久戦に持ち込み、大量の戦車を生産すれば、現有の兵力でも大陸からヴェステンラント勢力を追い落とすくらいは可能だろう」
つまるところ、敵を完全に滅ぼそうという目的が間違っているし、その手段も間違っている。総動員の必要は存在しないのだとルートヴィヒ王は言うのだ。
「なるほど……陛下のご深慮には、私程度の者では敵わないようです」
「まあ、余も生まれてこの方帝王学しか学んでいないから、偏狭な知識しかない訳だが」
「そんな、ご謙遜を……」
全ては未だにルートヴィヒ王の手のひらの上を出ていない。
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