レギーナの交渉

 ACU2311 12/11 レギーナ王国 王都ベルディデナ


「国王陛下、此度は謁見をお許しいただき、誠にありがとうございます」


 感情の全く見えないメイド、マキナ・ツー・ブランはルートヴィヒ王に謁見することを許された。


「話は聞いておる。ヴェステンラントは我らの行動に大義を感じ、我らを支援しようということだったな」

「はい。お話が早く助かります。ヴェステンラントはレギーナ王国、およびそれに協力する諸邦への支援を惜しみません」

「それで? 支援をして、我々に何をさせたいのだ?」

「――当然のことですが、レギーナ王国がゲルマニアの主導権を握った暁には、ヴェステンラントと友好的な関係を築いていただきたい」

「傀儡の間違いではないのかね?」

「そのようなことはございません、陛下」


 感情というものがないマキナは、交渉人には適役である。どんなに何を問い詰められようと、彼女が動揺するということは決してない。


 それにルートヴィヒ王も、マトモな返事が来るとは思っていなかった。


「まあよい。わざわざ支援をしていただくのだ。恩を仇で返すようなことは、我が王国の道義に反する。とは言え、対価は必要であろう? 支援の見返りに、何を求める?」

「はい。対価として我々が求めるのはただ一つ。ゲルマニア国内の全ての造兵廠の破却です」

「ほう。つまりはゲルマニアの軍備を全廃せよと言いたいのか?」


 ゲルマニアにとってこの二つはほぼ同値だ。


「そうは言っておりません。軍を整備することに関しては、特に要求をすることはありません」

「銃もなしに、どうして軍が成り立つと?」

「しからば、我が国やガラティアからエスペラニウムを輸入し、魔導軍を編成すればよいかと」

「……分かった。条件次第ではヴェステンラントと協定を結んでもよいと思っていたが、これで交渉は決裂だ。本国へと帰るがいい」


 ヴェステンラントの魂胆は目に見えている。ヴェステンラントのエスペラニウムで軍勢を整えるということは、軍がヴェステンラントの従属下に置かれるということだ。


 それは実質的にゲルマニアが傀儡にされるも同然だ。いかなる場合でも、それは許容出来ない。


「そうですか。それでは、これにて私は失礼いたします。陛下のお時間を無為に取らせてしまい、申し訳ございません」

「そうか。しかし君は、帰るのにエスペラニウムの補給が必要なのではなかったか?」

「――はい」

「無論、その用意はしてある。エスペラニウムを受け取り、好きな時に帰るがよい」

「はっ。陛下のお心遣いには感謝のしようもございません」


 マキナは全く感謝してなさそうに言うと、玉座の間を去った。


 ○


 暫くして、次の使者が玉座の間にやって来た。


「私はガラティア帝国の不死隊長、ジハード・ビント・アーイシャ・アル=パルミリーです」


 庶民のような質素な服を着て顔を厚い布で隠した少女が、ガラティア帝国からの使者、ジハードである。彼女がそういう恰好をしていることはゲルマニアでも有名であるから、ルートヴィヒ王はその不敬な恰好を改めさせることはしなかった。


「うむ。それで、今度は何用にて参ったのか?」

「はっ。今回、我が帝国はレギーナ王国への支援の申し入れに参りました。我らのシャーハン・シャーのお考えにより直接帝国軍を動かすことは出来ませんが、エスペラニウムやささやかな銃器など、支援を惜しむつもりはありません」

「なるほど。であれば、何故に貴国は我らへの支援を行わんとするのか? 今のところ良好であるグンテルブルクとの外交関係を切り捨ててまで」

「理由は簡単なことです。グンテルブルクよりレギーナ王国の方が、ゲルマニアを治めるにも我が国同盟相手としても、より適当であると判断したからです」

「それは何故か?」

「グンテルブルクのヒンケル総統は、貴族や王族といったものを非常に軽んじています。将来的には我が国の敵となるでしょう」


 無論、建前である。そもそもガラティアとしてはレギーナに勝たせるつもりすらない。ガラティアの目的はゲルマニアを分断させることだからだ。


 しかしこの建前はなかなか上手いものだとジハードは自負している。


「そうか。しかし、エスペラニウムの支援ごときで、我らがこのグンテルブルクを攻め滅ぼせるとでも思っているのか?」

「それだけの支援は惜しみません」

「詭弁だな。貴国の目論見は、内戦を長引かせてゲルマニアを分断させること。そうだな?」

「――ま、まさかそのようなことは……」


 ジハードは動揺を見せてしまった。これはルートヴィヒ王の言葉を認めたのと同じである。


「そうか……やはり、いや、最初から期待などしてはいなかったが、ガラティアもゲルマニアを支配するか、或いは弱体化させることが目的か」

「……どうしてその情報を?」

「はったりだよ。確証などなかったが、君の反応を見れば事実か分かるからな」

「この……」


 ルートヴィヒ王もマキナ並みの交渉術の持ち主だ。彼が自信満々に言う言葉には、実は全く何の確証もないのである。しかしジハードは観念した様子ではなかった。


「そうですか。であれば、私には為すべきことがあります」

「ほう?」

「こうするのです」


 ジハードは立ち上がると、懐から双剣を抜いた。

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