ヴェステンラントの策動
ACU2311 12/11 ルシタニア王国 王都ルテティア ヴェステンラント軍前線司令部
「クロエ様、このようなことがあったようです」
ヴェステンラント白の国の軍の諸将を集めた軍議に、伝令が入って来た。
「はあ……」
髪の毛から肌の隅々至るまで真っ白で、鮮やかな赤い目を持った白の魔女、クロエ・ファン・ブランは、ゲルマニア国内で起こっている馬鹿げた騒乱が次の段階に進展したことを知った。
魔導通信機さえあれば世界のどことでも遅延のない会話が出来るこの世界。少しでも噂が広がればたちまち全世界に波及する。今回の噂はグンテルブルク王国がレギーナ王国に最後通牒を送りつけたというものだ。
「この報告はどのくらい確実ですか?」
「複数の情報源から同じ報告が集まっていますから、ほぼ確実と見ていいでしょう」
クロエ第一の家臣である女騎士、スカーレット隊長は言った。この情報に関しては事実であると想定して戦略を練った方がいいだろう。
「クロエ様、今こそ好機です! ゲルマニアが勝手に滅ぼしあっている間に我が軍は一気呵成に軍を進め、この戦争に終止符を打つのです!」
スカーレット隊長は強く主張した。確かにこの情勢を見れば、誰もがそうしようと思うだろう。別段過激な意見という訳ではない。だがクロエの考えは違った。
「確かにそれもありですが、そうなることにゲルマニアが思い至らない訳がありません。実際、我が軍との前線の部隊は動いていないのでしょう?」
「そ、それはそうですが……」
実際のところ、グンテルブルクは親衛隊以外の兵力を動かしていない。この冷戦状態は今のところ、最前線に大した影響をもたらしていないのである。
「だったら、ここで攻め込んでも恐らく、無駄に兵を死なせるだけでしょう」
「……でしたら、どうすればよいのでしょうか?」
「事は簡単です。ゲルマニア軍――グンテルブルク軍が最前線の兵士を引き抜かざるを得ない状況を作ればいいのです」
「と言うと?」
「つまりは、内戦を激化、もしくは長期化させるのです。このまま放っておいたらレギーナ王国は一瞬で叩き潰されるでしょうから――」
「なるほど、レギーナ王国を支援するのですね」
「その通りです」
偶然か必然か、ヴェステンラント軍はガラティア帝国と全く同じ結論に達した。味方であれ敵であれ、隣国の力が弱まるのはよいことだ。それが政治というものである。
「しかし、支援と言ってもどうされるおつもりで? レギーナ王国と我々は、全く隣接していませんが……」
「そうですね。まあガラティア帝国ならば、領内を物資が通過することくらいは許してくれるでしょう。それに、ダキアを使って間接的にレギーナを支援することも出来ます」
「ダキアとゲルマニア南部の諸邦を停戦させるということですね」
「そういうことです」
レギーナ王国と同盟状態にある南部の諸邦のうちいくらかは、ダキア大公国と接している。つまりダキアと直接戦闘状態にある。これを止めさせればレギーナ王国に武器弾薬を運び込むことも出来るだろう。
更には南部のレギーナ王国以外の諸邦とグンテルブルク王国が戦闘状態に入れば、内戦はますます泥沼化する。ここまで持ってこれればヴェステンラントにとって最高だ。
「しかし殿下、そのような事態になれば、真っ先に介入してくるのはガラティアではありませんか?」
戦場に出る度いつも負傷するブリューヘント伯は言った。確かに、ゲルマニアと長大な国境を接するガラティアの方が、遥かに介入は容易い。
「ええ、そうでしょうね。ですので、これを止める為には、我が軍がゲルマニア領内にいる必要があります」
アリスカンダルは戦争を極端に嫌うからして、ヴェステンラント軍に手を出しては来ないはずだ。
「つまりは、ダキア方面から軍を派遣するということで?」
「ええ。それがいいでしょう。人数は問題ではありません。そこにいることが重要ですから、女王陛下に頼んでおくこととします」
「はっ」
女王が勝手にダキアに派遣している少数精鋭の魔導兵。それをレギーナ王国まで動かしてもらうのが手っ取り早い。
「では、女王陛下との連絡は殿下にして頂くしかないとして、レギーナ王国への連絡はどうされますか?」
「通信で済ませてもいいですが、不測の事態に備えてやはり人を送った方がいいでしょう」
「……しかし、こちらから人を送ることなど出来るのですか?」
「誰にも気づかれずにレギーナ王国に忍び込める者がいます」
「マキナ、ですか」
「もう既にレギーナに向かってもらっています。今日中には到着するでしょう」
体を透明にするという唯一無二(正確には唯二無三)の魔法を使えるマキナならば、どこへでも気づかれずに忍び込むことが出来る。
万一レギーナ王国を支援しないことになっても引き返させればいいだけで、事前にマキナに移動しておいてもらうのは正解だった。
――あれ、でもエスペラニウムの量は大丈夫なんでしょうか……
ダキアの国境からレギーナ王国まではかなり距離がある。エスペラニウムを使い果たしたら殺されるのだが、マキナは特に何も言ってこなかった。
――まあ、いいでしょう。
クロエは何も考えないことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます