ガラティアの策動

 挑戦状に曰く『これより3日のうちに外交使節を派遣せざる時、武力を以てレギーナ王国を討伐する』と。ついにグンテルブルク王国は武力に訴えることを選択したのだ。


「思ったより早かったな。あと1ヶ月はこのままの状態が続くと思っていたが」

「へ、陛下!? 何を落ち着いていられるのですか! このままではあと3日でグンテルブルクと戦争になるのですよ!」

「だから何だというのだ。グンテルブルクがその気なら、受けて立つまでである。完全とは到底言えんが、既に戦争準備は進んでいるではないか」

「そ、そんな……そんな事態になれば、ゲルマニアという国そのものが滅んでしまいます! 陛下はそれでもよろしいのですか!?」


 内戦に発展すればヴェステンラントやダキアとの戦争などやってはいられず、更には諸外国の介入を招き、ゲルマニアが永久に分裂することは想像に容易い。


 一応はゲルマニア人が一つの国家を形成出来ているこの神聖ゲルマニア帝国を壊すことなど、レヴィーネ外務卿には想像出来なかった。


「よろしい。構わぬ」

「陛下!?」

「もしもこの程度のことで滅ぶのであれば、神聖ゲルマニア帝国は元よりゲルマニアではなかったということだろう」

「そ、それはどういう……」

「現行の体制はゲルマニアのあるべき姿ではなかった。神聖ゲルマニア帝国は一度解体され、新たなゲルマニア人国家が作られねばならないということだ」


 神聖ゲルマニア帝国は、決してゲルマニア人の総意に基づいて結成された国家ではない。グンテルブルク王国がかなりの強権を以て、ゲルマニア人を無理やり纏め上げたのだ帝国だ。


 だからこれは唯一の解ではない。もっと別の形でゲルマニア人が統一される可能性も十分にあった。


「ま、まさか陛下は、ゲルマニア人の皇帝になろうとでも仰られるのですか?」

「それもよかろう。とは言え、それを審判するのは余ではない。今我らが為すべきことは、帝国がゲルマニア人にとって次善の体制であるのか否かを見極めることだ。その先に起こることは、我らの手の内に収まることではない」


 こんな反乱が起こっている時点で最善ではないのは確かだ。


「陛下……」

「まあそんな御託はいいのだ。挑戦状を叩きつけられた以上、余はこれに受けて立たねばならぬ。ただちに街道の防御を固め、戦争に備えよ」

「街道、ですか? 街道など無数にありますが……」

「奴らは必ずこのベルディデナを落としに来る。戦争を早期に集結させる為に」

「はっ!」


 グンテルブルクは全面戦争を望んでいない。なればダキアと最初に戦争した時のように、首都を目指して一直線に進撃してくるだろう。レギーナ王国軍はその進路上に全ての戦力を結集すればよい。


 ルートヴィヒ王に引き下がるという選択肢はなかった。


 ○


 ACU2311 12/10 崇高なるメフメト家の国家 ガラティア君侯国 帝都ビュザンティオン


 ゲルマニアが内戦勃発の寸前であるという情報は、およそ全ての列強に知れ渡っていた。ガラティア帝国の若きシャーハン・シャー、アリスカンダルの許にも当然、その情報は届いている。


「そんな馬鹿なことはしでかさないと思っていたが……まさか本気でやる気とはな……」

「陛下、本当に内戦が起これば、我々としても行動を起こさねばなりません」


 西方ベイレルベイ、歴戦の老将、スレイマン将軍は言った。


「行動? 一体我らが何をするといいうのだ?」

「陛下、分かっていらっしゃるでしょう」

「……レギーナ王国を支援し、内戦を長期化させ、ゲルマニアの内政に干渉、あわゆくばレギーナ王国を中心とする傀儡政権を打ち立てる。或いはグンテルブルクを支援し恩を売る――とでも言いたいのか?」

「その通りです、陛下。これは好機です。我々は最大の利益を得なければなりません。それは国家の指導者である陛下の義務なのです」

「義務、か……そうかもしれないが、私は、もう戦争など懲り懲りなのだ。やめてくれないか?」

「……なれば、我らが積極的に兵を出すことは取り止めましょう」

「準備をしていたのか……」

「……その代わり、物資の支援は行うこととします。よろしいですね?」

「まあよい。それで結局、どちらを支援する? どちらが勝つと思う?」


 介入するからには勝つ方を支援しなければならない。負けた方を支援していては、勝った方との関係が悪化するだけで何も得られない。故にどちらが勝つか見極めなければならない。


「無論、グンテルブルクでしょう。レギーナ王国に勝ち目など、万が一にもありますまい」


 誰もがそう考える。兵力でも国力でも何においてもグンテルブルク王国に劣っているレギーナ王国に、勝機など皆無であると。


「そう思うか?」

「――陛下はそうは思われないのですか?」

「勝てるとは思わないが、負けるかは分からないじゃないか」


 アリスカンダルは獲物を追い詰めた獅子のよう眼光を覗かせた。大八洲に大敗を喫して以来、その表情を見せることは極めて稀だ。


「陛下は……ゲルマニアを分裂させようと?」

「語るに及ばず、だ。ゲルマニアの半分を我が掌中に収めれば、帝国の安全はより堅固なものとなる。願ってもない好機だ」

「はっ。なれば、レギーナ王国へ使者を送りましょう」


 ガラティア帝国は静かに、しかし強かに行動を開始した。

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