不穏な空気

 そして同日。王宮にて。


「陛下、やってしまいましたな……」


 レヴィーネ外務卿は冷や汗をかきながら言った。


「これが我らの意志。ブルグンテンの馬鹿どもに見せつけてやったのだ」


 今回の襲撃はレギーナ政府が自ら仕込んだものである。王は王宮に怒れる民衆を招き入れ、フリック司令官らを襲わせたのであった。


「まあ殺していないだけマシですが……」

「殺しはせんよ。いくらグンテルブルク人とは言え、殺すのは我らの道に反するからな」


 地面に干し草が置いてあったのもまた、事前の仕込みだ。フリック司令官を窓から落とし、かつ殺さずに本国へ逃げ帰られせる。ここまでの王の計画は完全に成功した。


「これで奴らも、これ以上馬鹿な真似をしては来ないでしょう。奴らの泣き言が楽しみですな!」

「うむ。我らはゲルマニア人である以前に、レギーナ人。グンテルブルクの指図など受けぬ」


 これはあくまでグンテルブルクへの警告だ。レギーナ王国は決して総動員には乗らないと。


「しかし……もしもこれで武力衝突などに発展してしまったら……」

「心配し過ぎだ、外務卿。いくら我々の仲が険悪で、かつては何度か戦争をしたとは言え、この情勢下で内乱を起こそうとは思うまい」

「それならばいいのですが……」


 実際、今が戦時中でなかったら、帝国を二分する内戦が始まっていたかもしれない。ゲルマニアの歴史ではよくあることだ。だがまさかこの時分に内戦が起ころうとは、ルートヴィヒ王は思っていない。


 だが事態はルートヴィヒ王も思いもよらぬ方向へと進展していくのだった。


 ○


 ACU2311 12/6 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「――と、このようなことがありまして……」

「災難だったな……それは」


 ブルグンテンに逃げ帰って来たフリック司令官は、総統官邸でベルディデナで起こったことの顛末を報告した。


「我が総統、これはレギーナ王国が我らに戦争を仕掛けてきたも同然。直ちにレギーナ討伐軍を編成し、彼の国を殲滅しましょう!」


 カルテンブルンナー全国指導者は意気揚々と訴えた。レギーナ王国を滅ぼす気満々である。


「しかしだな……今の我々は最前線を支えるだけで手一杯なのだ。そんな状況で内戦を起こすなど、正気の沙汰ではないぞ」

「南部方面軍の皆様は、暇を持て余しているではありませんか」

「お言葉ですが、南部方面軍はガラティア方面への唯一の備え。同盟国でもないガラティアに、帝国の無防備な側面の晒す訳にはいきません」


 フリック司令官は直ちに反論した。その20万の兵力はその場で待機することこそが仕事であって、決して暇を持て余しているのではないのだ。ましてや内戦を起こすなどもっての外。


「そういうことだ、カルテンブルンナー全国指導者。この状況で武力に訴えるなど考えられん。100年前ならそれでもよかったかもしれんが……」

「であれば、謹んで申し上げます。我が親衛隊に出撃の許可をお与え下さい。帝都の不穏分子を放置するのは不本意ですが、ここまで堂々と総統に挑戦する敵がゲルマニアに存在することを、我ら親衛隊が許しはしません」


 親衛隊はあくまで社会革命党の軍隊であり、ゲルマニア軍に属するものではない。だがそれ故に、ヒンケル総統が自由に動かせる唯一の戦力でもある。


 カルテンブルンナー全国指導者は何としてでも総統に逆らう敵を殲滅するつもりだ。


「しかし……いや、そもそも仮に内戦に至ったとしてだ。親衛隊でレギーナ王国軍に勝てるのか? 親衛隊はあくまで警察の延長線上の組織だ。レギーナ王国軍と正面からやりあって勝てるとは思えんが……」


 親衛隊はそもそも戦争の為の武装組織ではない。あくまで国内の不穏分子を殲滅する為の組織である。


「ご安心を、総統閣下。親衛隊はこのような場合に備え、日夜兵器の充実を図って参りました。既に我々には、国軍に納品されるものとは別に、40両の戦車部隊があります」

「は……? どこから資金を横領してきたんだ?」


 ヒンケル総統はそんなことを聞かされていない。


「いえいえ、親衛隊の予算内で用意した兵器です。使途を報告せずともよいとしたのは、我が総統ではありませんか」

「そ、そうだったな……」


 主に金さえあれば何でもするライラ所長に賄賂を贈って調達してもらった戦車である。その為、実は装甲車は1両もない。あまり現実的とは言えない編成と言わざるを得ない訳だ。


「我々は開戦と同時にベルディデナに直行し、国王と重臣を捕らえます。そうすれば内戦とは言えたちまちに終わるでしょう」

「そうだな……いや、どうして戦争をする前提になっているんだ? まだ誰も決めとらんぞ」

「おや、ここまでされて逆にレギーナを征伐しないのですか?」

「確かにフリック司令官に対する行為は宣戦事由たり得るが……まだだ。まだその時ではない」

「閣下がそう仰るのなら、親衛隊は従いますが……」

「だが、確かに親衛隊の主張にも理はある。親衛隊を国境に集結させ、開戦の用意だけはしておくように。決してこちらから手を出してはならん」

「はっ! 親衛隊は、ゲルマニアと総統の御為に」


 かくして親衛隊は戦車部隊を中核とする2万ばかりの兵力をグンテルブルク王国とレギーナ王国の国境に集め始めた。

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