ベルディデナ窓外放出事件
レギーナ王国の警備兵は民の手懐け方が上手いようで、王宮への道だけは民衆の侵入を一切許さなかった。
フリック司令官一行は兵士に囲まれた物々しい道を通り、王宮に入ることに成功した。
〇
「畏くも国王陛下に申し上げます。今度総統官邸が、ゲルマニア総動員の論議を行う為にレギーナ王国の代表者を招集していること、陛下はご存知であらせられますか?」
軽く儀礼的な挨拶を済ませると、フリック司令官は早速本題に入った。
「うむ。余はよく知っておる」
「――それでは、何故に使節を派遣されないのですか?」
「理由? 簡単なことである。余はこの件を受け入れる気など毛頭ない。故に我が国の貴重な人材をわざわざグンテルブルクに送る意味もないからである」
「陛下のお怒り、その心中は、確かにお察し致します」
昔からグンテルブルクに反感を持っているレギーナ王国がこのような挙に出ることは想定されていた。だからフリック司令官としてもそこまで驚くことではない。
「では、とっとと帰るがいい」
「それは致しかねます、陛下。グンテルブルクとレギーナの禍根は、私も存じ上げております。しかしながら、我が総統は国王陛下との対話を望んでおります。どうか、せめて我々の話だけでも、聞いては頂けないでしょうか?」
「断る」
「それは何故に……」
「帝国全体で見れば、帝国総動員に賛成する諸邦の方が多い。どうせ帝国参議院を開いて、賛成多数で総動員を議決しようという魂胆だろう」
「ま、まさかそのようなことは……」
ルートヴィヒ王はヒンケル総統の思惑を完全に看破していた。そしてフリック司令官は、見事に頭の中を言い当てられたことで動揺してしまう。
そもそもフリック司令官は軍の司令官であって、交渉事は得意ではないのだ。
「まったく、嘘の下手な奴め」
「そ、そのようなことは……」
「陛下の御前で二度も偽りを述べるとは、貴様、恥を知れ!」
トラー宰相はフリック司令官に罵声を浴びせた。しかしそれはフリック司令官の癇に障った。
「恥? 恥と申されますか? なれば、話し合いにも応じず、駄々をこねる子供のように抵抗することしか出来ないレギーナ王国の方が、余程の恥知らずと存じ上げますが?」
「き、貴様! 我が国を侮辱するか!」
「侮辱などしておりません。ただ事実を述べているまで」
「こ、この……」
トラー宰相は怒りのあまり席から立ち上がり、フリック司令官に殴りかからんとした。
「やめろ、宰相よ。つまらないことをするものではない」
「へ、陛下……」
国王は宰相を静止して、トラー宰相はその言葉に従わざるを得なかった。宰相は矛を納め、不機嫌ながらも自席に戻った。
「しかしフリック司令官、我らにもはや交渉の余地はない。我らがこの提案を受け入れることは最早あり得ぬと、総統に伝えるがよい」
「陛下の御意志は堅いようですな……しかし私も総統から、何としてもレギーナ王国を交渉の席につかせよとの命を受けております。ここで引き下がる訳には参りません」
「ふん。ならば、何日でもこの王宮にいるがいい。部屋ならいくらでも余っておる」
「ははっ。ありがたき幸せです」
結局この日、フリック司令官は何の成果も得られなかった。そしてルートヴィヒ王の言うように、王宮の一角に宿泊することとなった。
〇
「このまま何度交渉しても、何も得られない気がするのですが……」
「そうかもな……だが、ここで帰ったらそれはそれで怒られるからな……」
「そういうことですか」
つまるところは最大限の努力をしたがレギーナ王国は断固として拒否したと、ヒンケル総統に報告したいのである。
そうすればフリック司令官にお咎めが来ることはないだろう。言ってしまえば小物の保身だ。
しかし、その時だった。
「ん? 外が騒がしいようだが」
「そのようですね」
外というか王宮の方がやけに騒がしい。しかもその喧騒はここに近づいて来ている気がする。
「様子を見て来ましょうか?」
「ああ。頼む」
が、兵士が扉を開けたその瞬間だった。
「グンテルブルク人め!」「王国から出ていけ!」「消え失せろ!」
「な、何だ!?」
フリック司令官に与えられた部屋に、鎌や鋤を持った民衆がなだれ込んで来たのだ。
銃を持っているとは言え、数人の護衛では群衆を押しとどめることは出来ない。群衆はたちまちフリック司令官に詰め寄った。
「ま、待て! 話せば分かる!」
「問答無用! こいつを窓から叩き落とせ!」
「「「おう!!!」」」
「や、止めろっ!」
群衆はフリック司令官を担ぎ上げると、そのまま窓際に運んで、地面に投げ落とした。フリック司令官は王宮の3階から真っ逆さまに落下した。
「うああああ!! ……おっ?」
だが幸いにして地面には干し草が積んであり、一応は軍事教練を受けたことがあるフリック司令官は、命を取り留めた。
また、護衛の兵士達も次々と投げ落とされできたが、死者だけは出なかった。全員が負傷はしたが。
「な、何なんだあいつらは……」
「閣下、早く逃げましょう!」
「あ、ああ、そうだな。逃げるぞ!」
王宮を囲んでいた民衆はいつの間にか消えており、彼らは王都から全速力で脱出した。無論、徒歩である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます