大外れの思惑

 ACU2311 11/26 レギーナ王国 王都ベルディデナ


 ゲルマニア帝国においては中央やや南、グンテルブルク王国の南に位置するレギーナ王国。帝国内においてグンテルブルク王国に次ぐ国力、経済力、軍事力を持った領邦である。


 グンテルブルク王国は帝国の人口や国力の半分を占めており、他と隔絶した力を持っているのだが、帝国の6分の1の人口を持つレギーナ王国を無視することは出来ない。


 その他の領邦からもレギーナ王国は帝国の枢要たる大国と認識されていたし、実際、経済力で見ればレギーナだけでルシタニア一国を上回る。


「陛下! このような馬鹿げた建議、論じるまでもありません!」


 レギーナ国王ルートヴィヒに大声で訴えたのは、情熱家のレギーナ宰相オイゲン・フォン・トラーである。


「うむ。余もそう思っていたのだ。グンテルブルクが勝手に始めた戦争に我が民を巻き込むなどあり得ぬ」


 ルートヴィヒ王はゲルマニア皇帝と違って気高く、他を憚らずに自分の意志を示す人間だ。


 さて、今回の大戦について、領邦の中でも認識が異なっている。


 いくらかの領邦はゲルマニアの利益を重んじてグンテルブルクに協力的だが、その他の領邦はグンテルブルクが勝手に起こした戦争に巻き込まれたと認識しているのだ。


 その一つがレギーナ王国である。そしてグンテルブルクを除けば最大の国力を持つレギーナの影響力は大きく、南部の多くの領邦がゲルマニアに反感を持っていた。


 ただでさえ嫌々にグンテルブルクに協力しているのに、更に兵士を供出せよと強要されるのは、レギーナの堪忍袋の緒を完全に絶ち切ったのであった。


「ヒンケル総統は帝国参議院の招集を要請して来ましたが……」


 国王と宰相の諌め役、グラーフ・フォン・レヴィーネ外務卿は言った。


 帝国参議院を開くのは領邦に関する決定を下す際に必要な手続きであり、それ自体は至極真っ当な要請だ。


「ふん。こんな馬鹿げた提案の為に、わざわざ帝都になど出向いてやるものか!」

「うむ。今回は、余が特使の派遣を認めん」

「それで大丈夫なのでしょうか……」

「グンテルブルクの奴らにはこれくらいが相応しいのだ」


 レギーナ王国は帝都からの提案に対し、強硬策で応じることとした。


 〇


 ACU2311 11/28 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「総統閣下……その、申し上げにくいのですが……」

「どうした?」

「帝国参議院ですが、本来56名いるはずの議員のうち、議事堂に集まったのは32名のみです……」

「6つもの領邦が、参議院に参加するしないと……?」

「そのようです……」


 総統はここに来た各国の代表者を説得する気でいた。だが提案を受け入れる気がない国々は、そもそも議員を送ってすら来なかった。


 それでは説得もクソもない。


「閣下、ここに集まった代表者は、そもそも総動員に賛成している勢力のようです。であれば、ここで何をする意味もないかもしれません」


 カイテル参謀総長は言った。確かに、そもそも賛成派の者を説得したところで時間の無駄だ。


「それに、議員の3分の2が集まっていない以上、帝国参議院を開催することすら不可能です」


 ザイス=インクヴァルト司令官は言う。もう少しだけ人が集まっていれば帝国参議院で議決をして、従わない諸侯を合法的に叩き潰すことも出来たかもしれない。


 だが今や帝国参議院を開くことすら不可能だ。この法令を破っては帝国参議院の正当性が失われる。


「そうだな……通信も切られそうだし、となれば、こちらから使者を送るしかないか」

「おや、我らに反旗を翻す逆臣を滅ぼすのではないのですか?」

「まだ早いだろう……」


 まだ平和的な解決は諦めない。ヒンケル総統はこちらから使者を送り出し、何とか議会に集まってもらうこととした。


 〇


 ACU2311 12/1 レギーナ王国 王都ベルディデナ


「私がどうしてこんな役目を……」


 半ば反乱を起こした領邦の中で最大のものであるレギーナ王国に使者として派遣されたのは、南部方面軍のフリック司令官であった。


 数人の護衛だけを連れ、この王都ベルディデナにやって来た。


「閣下、お疲れですか?」

「いや、まだそんな歳じゃない。とっととレギーナ国王に拝謁して、帝国参議院に参加してもらうように説得しよう」

「はっ」


 そして彼らは王宮に向かう――はずだったのだが。


「これは……やかましい民衆だな……」

「そのようですね……レギーナの治安維持はどうなっているのやら」


 王宮は数千人の怒り狂った民衆に取り囲まれていた。そして辛うじて王宮の入口への道だけが兵士達によってこじ開けられていた。


「明らかに私達に向かってキレてるよな……これ」

「そのようですね……」


 どう見ても、王宮に来る帝都からの使者を殴り殺す為に集まった連中にしか見えない。


「これって、私達が行って大丈夫なのか……?」

「大丈夫じゃなさそうな気がしますが……」


 その当人が民衆の群れの中に足を踏み入れるのだ。警備など吹き飛ばされそうである。


「まあ……行くしかないか……行きたくないが……」


 観念し、フリック司令官は王宮へと歩み始めた。

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