第二十六章 騒乱
総動員の建議
ACU2311 11/28 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
ダキア戦線はほぼ完全に沈黙した。ルシタニア戦線も沈黙して久しい。
多くの戦車をオブラン・オシュに放棄したお陰で、東部の戦力には穴が生じている。西部に回す機甲戦力は最初から不足している。
戦線打開の切り札と期待されている戦艦アトミラール・ヒッパーも、建造にはまだまだ時間がかかる。
畢竟、帝国は完全な手詰まりに陥っていた。
「総統閣下、徴兵可能人口調査の結果ですが、やはり、グンテルブルクからはこれ以上人を出せません」
相変わらず雑務に駆り出されている南部方面軍のフリック総司令官は、その結果を報告した。
既にグンテルブルク王国に根こそぎ動員をかけているゲルマニアだが、兵士はなおも足りない。そこで更に徴兵を行える可能性を調査してみた訳だが、結果はこの通り。
「これについては、労働省も同じ意見です。これ以上グンテルブルクから生産人口を徴兵すれば、兵器の生産が滞ることは間違いありません。それでは本末転倒です」
クリスティーナ労働大臣、或いは第二造兵廠所長も、フリック司令官の報告を肯定する。兵器の生産が出来なければ、いくら兵士がいても魔導兵に蹂躙されるだけだ。
「では……ついに、この手を使うしかないか……」
「そのようです、我が総統。今こそ全てのゲルマニア臣民に総動員を!」
親衛隊なカルテンブルンナー全国指導者は強く訴えた。
と言うのも、実はゲルマニアで強制的な徴兵が行われているのはグンテルブルク王国だけであり、他の領邦については、未だに志願制で兵士を募っている。
それだけに士気は高いのだが、如何せん数が少ない。120万のゲルマニア軍のうち、グンテルブルク以外からの兵士は10万未満だ。
故に、全ての領邦の若者を徴兵すれば、ざっと見積もって240万の兵力を用意することが可能である。
「そうですね。グンテルブルク以外の領邦は、まだまだ余裕があります。女性、子供、老人を総動員して兵器の生産に当たらせれば、現在の生産量を維持することは十分に可能です」
「よくぞ言ってくれました、ザウケル所長。ですから総統閣下、今こそゲルマニア総力戦の好機なのです」
「そうかもしれんがな……」
カルテンブルンナー全国指導者は異常に積極的なだけだが、それにしてもヒンケル総統は消極的であった。
「閣下、やはり諸邦が反発することを恐れているのですか?」
フリック司令官は尋ねた。
「ああ、その通りだ。難しいことではないだろう?」
「はい。これはどう転んでも、帝国の歴史の転機となるでしょう」
神聖ゲルマニア帝国は、完全な中央集権を達成していない。
正確にはその中核であるグンテルブルク王国の中ではほぼ完全に達成されているが、その国境線から少し出るともう総統の権威は希薄だ。
その関係は中世の君主と領主のようであって、総統は兵器や食糧の生産を指示したり前線に送らせたりくらいは出来るが、それ以上の具体的なところは各々の領邦に一任されている。
そして徴兵のような強い強制力を持った命令を下すのは、今のところ前例がない。
「しかし総統、我々がこの戦争に勝利するには、いつかは必ず為さねばならないことです。戦線が安定している今のうちに手を打っておかなければ、どうしようもなくなるかもしれません」
カイテル参謀総長は言った。確かに、戦争が活発化してからでは内政問題を片付けている余裕はない。
「そうだな……確かにその通りだ。そうすべき、だ」
ここで躊躇っていては、将来に禍根を残すこととなるだろう。
まだ余裕のある今のうちにゲルマニア総動員体制を整えること。ヒンケル総統は今、その覚悟を決めた。
「よし。そうと決まれば、我々は一切の躊躇なく行動する。諸邦に全ゲルマニア臣民の根こそぎ動員を通達すると共に、帝国参議院を招集せよ」
まあ総統とは言えいきなり動員を始める訳ではない。まずは領邦の代表者を集めた帝国参議院を招集し、そこで領邦の同意を得るのだ。
「しかし……前例のない政策です。諸邦は素直に招集に応じてくれるでしょうか……」
フリック司令官の心配そうに言った。苦労性の彼は大抵のことを悲観的に捉えがちである。
「やってみなくては分からない。私も自ら諸邦を説得する。何とかして体制を整えねばな」
「もしも彼らが総統に従わざる時は、我が親衛隊が殲滅致します。我が総統のお手を煩わせることはありません」
「カルテンブルンナー君……まあ……万が一の際は君に任せるかもしれないが、そんなことにはさせないつもりだ。私が何としてでも説得してみせるからな」
「――閣下がそう仰るのならば、無論、お任せします」
「くれぐれも、勝手なことはしないでくれよ」
国内の反体制勢力くらいなら容赦なく絶滅するが、戦時下で内戦など冗談では済まない。総統はあくまで、平和的に総動員体制を確立することを望んでいる。
だがそんな総統の意志は、早くも崩れ去ることとなるのだった。
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