入城
ACU2311 11/15 ダキア大公国 オブラン・オシュ
ダキア軍が撤退しつつある中、ピョートル大公らダキアの首脳部は、オブラン・オシュに帰還した。
「最初はオブラン・オシュは二度と見ない覚悟でいたが……案外すぐに帰って来られたな」
ピョートル大公は本気で亡命先で抵抗を続けようとしてから、これは彼にも予想外のことであった。
「はい。ですが……ここを拠点として使えるかと言われると……」
「ああ。とてもダキアの都としては使えない。再建の目処もまるで立たんしな」
多くの軍事的な拠点も焼失してしまった。オブラン・オシュを再びダキア軍の最高司令部とするのは不可能である。
それに、平時であれば諸侯を呼び集めた天下普請で都市の再建を行う訳だが、この戦時下で工事の為だけに労力を派遣出来る貴族など残っていない。
「まあ、私がこの都市を燃やしたんだがな」
「殿下、それを私以外の誰にも言ってはなりませんよ」
「分かってるさ、アレクセイ」
ダキアの最高指導者であるピョートル大公が自らの都を燃やしたとなれば、諸侯の忠誠はますます少なくなるだろう。
もっとも、多くの貴族はそのことを察していて、公然の秘密ではあるのだが。
「それで、やはり我々は大突厥の都で指揮を執りますか?」
「ああ、そうなる。もう少しマシな状況だったらここに都を戻してもよかったんだが……」
ピョートル大公の計画では都市の半分くらいを燃やす筈であった。だが被害は想定したものより遥かに大きくなってしまった。
「ゲルマニア軍が平和的に都市を明け渡したのは本当に幸いでした。市民の生活を守ることは不可能ではありません」
「取り敢えずは、親衛隊の全力を尽くし、市民を他の都市に移してくれ」
「はい。既に手筈は整っています」
オブラン・オシュの市民をオブラン・オシュに住まわすことは不可能だ。周辺の都市に避難させるしかない。
「話が少々逸れましたが、引き続き殿下は大突厥で国を治めるので、よろしいのですか?」
「ああ。現実的に考えて、そうするしかない。遊牧民の彼らの都市は通信が整っているしな」
「しかし名目上はここを臨時首都としておく。それでよろしいですね」
「ああ。その計画に変更はない」
名目上でもここを首都にしないと奪い返した意味がない。だが実際は大突厥の都に本陣を置き、そこで戦争指導を行う。それがピョートル大公の計画だ。
「オブラン・オシュを奪回したことで、中立かゲルマニアに寄っていた東部の諸侯は、再び我らに着きつつあります。我らの兵力は1万程度には回復するでしょう」
「それでも1万なのか……」
「はい。その程度で限界でしょう……」
プジャロヴォ会戦での大敗は、最早回復出来ない傷をダキアに残した。オブラン・オシュを奪回した今でも、ゲルマニアに尻尾を振る諸侯は多い。
ちなみに、これは南部の戦線で戦い続けている5万程度の兵を除いた数である。
「南部戦線はどうなっている? これで彼らが奮い立ったりしているか?」
「それはあまり……ここまでほとんど自力で抵抗を続けてきてくれただけでも十分なのです」
両軍の兵力の大半が戦っている南部戦線では、現地の大貴族達がほとんど独力で戦争を継続してきた。これ以上の忠誠は望むべきではない。
「それもそうか……我らには何をすることも出来ないのは悔しいものだ……」
「仕方ありません。そんな余裕はどこにも……」
「頑張ってもらう、しかないか……」
最前線の辺境伯達の力はダキアの貴族の中ではかなり強大である。今は彼らが戦ってくれるのに期待するしかない。
「ともかく、これで戦線は安定した。現状で最優先すべきはオブラン・オシュの市民の避難。そしてこれからの課題は、諸侯に我々への忠誠を誓わせることだ」
「はい。我々の戦争はまだ始まったばかりです」
○
ACU2311 11/17 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「東部方面軍の北方軍は、メレンへの撤退を完了しました」
東部方面軍からの通信が総統官邸に入った。
「思ったより早かったな」
「はい。まだ停戦の期限は残っていますが、東部方面軍はとっとと仕事を完了させたようです」
「それは……まあいいことか」
東部方面軍の仕事が早いということにしておこう。
「しかし閣下、これでダキア戦線は収拾がつかなくなってしまいましたな……」
総統官邸の最長老、カイテル参謀総長は言った。
ダキアがゲルマニアを降伏させることなど万が一にも不可能であるし、ゲルマニアがダキアを落とす手段も見失った。この戦争には終わりが見えない。
「そうだな……どうすればいいと思う?」
「一般論で言えば、敵に更なる衝撃を与え、その士気を挫くことが、戦争を終結させる唯一の方法です」
ザイス=インクヴァルト司令官は言った。具体性は一切ないが、その主張自体は至極真っ当である。
「まあそれはそうだろうが……具体的にはどうせよと?」
「今の我々には、兵力が必要です。今のゲルマニアは張り詰めた風船の様。これ以上膨らませる余裕はありません」
ゲルマニア軍は動員出来る兵力のほぼ全てを前線に張り付けており、これ以上増派出来る兵力を保持していない。
それが問題だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます