閑話 ヴェステンラントの歴史

概説

 ヴェステンラントの歴史を語るのは難しい。と言うのも、どこからがヴェステンラントの歴史と呼べるのか、歴史家の間でも未だに決着がついていないからである。


 しかし一般的には、エウロパがヴェステンラント大陸を発見した時にヴェステンラント合州国の歴史は始まるとされる。


 時は大航海時代。ACU2131、最初にこの新大陸を発見したのはゲルマニア人である。ゲルマニア人は命名の妙を持たないようで、何の捻りもなく、「西の土地」という意味の「ヴェステンラント」と名付けた。


 これが「ヴェステンラント」の始まりである。


 さてこの時代、魔法は強大ではなかった。


 魔導通信機は人類の歴史に多大な影響を与えたが、それ以外の魔法については火打石やスコップの代用品になるくらいで、特に戦争の趨勢を左右することはなかった。


 魔導通信機が使うエスペラニウムは僅かなもので、エスペラニウム産出量の僅かなエウロパでもその程度の量なら自力で賄えた。


 そして戦争の趨勢は、地球と同じく、技術力が決めた。


 ヴェステンラントの原住民は魔法の扱いに優れていたが、鉄器を持たなかった。故に鉄剣すら持たず、銃など猶更である。


 よって、大量の火縄銃を揃え集団戦法で戦うエウロパの兵隊の前には為す術もなかった。主要な原住民の氏族は10年も経たないうちに制圧され、ヴェステンラント大陸の大部分がエウロパ諸国の植民地となった。


 ちなみにこの頃、大八洲もヴェステンラントに西から辿り着き、植民地化を押し進めた。


 それからの時代は、大半の原住民にとっては地獄のようであった。残虐な白人は肌の色の違う者に容赦がなく、彼らを奴隷とし、虐殺することに一切の躊躇いはなかった。


 原住民の人口は白人の侵入の前と比べ、10分の1未満にまで減少したという。それも、エウロパの支配地域ではほぼ全滅である。


 ではどこで原住民が生き延びたかというと、大八洲の植民地である。大八洲は原住民の有力者を大名として扱い、政治的には大八洲人と変わらない権利を与えた。


 多くの原住民が大八洲領に逃げ込み、結果、ヴェステンラント大陸で生きる原住民の大半が大八洲領内にいるという状況が生まれた。


 さて、この状況が60年ばかり続いた後、情勢が変わり始めた。ヴェステンラント大陸の白人と、エウロパ大陸の白人が対立し始めたのである。


 この時代になるとヴェステンラント大陸生まれの白人かなり多くなっていた。彼らにとってはヴェステンラント大陸こそ故郷であり、エウロパ大陸は不当に自分達を支配する敵であった。


 もっとも、自分達の父祖が多くの原住民を虐殺した歴史には目を背けていた訳だが。


 そしてついに武力衝突が起こった。


 その引き金を引いたのは一人の少女、イズーナ・ロベールである。イズーナは、二つの意味で歴史を変えた。


 一つはヴェステンラント大陸を独立させ、世界情勢を一変させたこと。そしてもう一つは、魔法に革命を起こしたことである。


 イズーナが登場するまでは、現在の魔導兵程度の力を持っているだけで世界でも最大の魔女と呼ばれた。そんな時代で、イズーナの力はあまりにも強かった。


 当時はあまりの強大さ故に評価することすら不可能であったが、文献を見るに、五大二天の魔女の力を一人に凝縮したような、神にも等しい力を持っていたと考えられている。


 イズーナはあらゆる敵を一撃で粉砕し、彼女を止められる者はどこにも存在しなかった。


 そして独立戦争の勃発から僅か2年。ACU2212年、エウロパの諸国とヴェステンラント臨時政府はテノチティトラン条約を結び、ヴェステンラント大陸の独立を諸国に承認させた。


 しかしその場にイズーナはいなかった。力を使い過ぎたのか何なのか、とにかく彼女は独立戦争の真っ最中に死去した。


 そして独立を承認し、かつ国交を正常化する条件として、彼女の心臓が諸国に配分させた。これはヴェステンラント人ですらイズーナを恐れていた証拠だと言えるだろう。


 さて、彼女がいなくなってもヴェステンラントが独立戦争を継続出来た理由。それは、彼女が力に目覚めて以来、全世界の魔法が各段に強くなったからである。


 魔法は現在の様に、中世程度の技術に対して圧倒的な力を持つようになった。そしてエスペラニウムを豊富に産出するヴェステンラントは次々と魔女の軍団を編成し、イズーナ亡き後もエウロパ同盟軍を圧倒したのである。


 実際、この戦争で地上の戦闘があったのは半年くらいであり、残りの期間は海を封鎖したエウロパ同盟軍との睨み合いに終始した。


 まだ魔導弩も発明されていないこの時代、魔法は海戦と相性が悪く、ヴェステンラントの海は最後までエウロパの影響下にあったからである。


 さて、戦争が終結した後、ヴェステンラントはイズーナの子孫達によって分割統治された。彼女の孫にあたる世代に7人の子がおり、彼女らがヴェステンラント大公として7つの大公国をそれぞれ統治することとなる。


 そして、魔法を使った戦争を研究し続けたヴェステンラントは、ついにエウロパとの再戦に挑むのであった。

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