大火
城内がただならぬ状況であることは確かである。シグルズは装甲列車を城門の外に停め、装甲列車の護衛部隊を率いて城へと向かう。
その時、シグルズに通信が入った。
「誰からだ?」
「ローゼンベルク司令官からです」
「分かった。通信機を」
通信機を耳に当てると、声より先に人々の叫び声や物音が聞こえてきた。
『あー、あー、シグルズ君、聞こえるか?』
「はい、司令官閣下」
『よし。まあ――本題に入ろう。見て分かるように、オブラン・オシュは大火に包まれている。既に多くの死者が出ているし、火の手はあまりに強く、我々だけではどうしようも出来ないという状況だ』
「その、閣下は安全なのですか?」
シグルズはまずそれを問う。
今の司令部はダキアから接収した仮のもので貧相であり、東部方面軍総司令官が焼死など、笑えない冗談すぎる。
「ああ、私は大丈夫だ。我が軍の優秀な魔女の諸君が火を防いでくれている。とは言え、そのせいで市中の消火が間に合っていないんだが」
「なるほど……しかし、閣下の周りがやけに騒がしいのはどういう理由で?」
ローゼンベルク司令官が安全地帯にいるのなら、こんな世も末みたいな効果音は聞こえてこない筈である。
『ああ、この城で逃げて来た現地住民を受け入れているんだ。それももう限界だが……』
「理解しました。それでは我々は消火活動に参加します」
『ああ、頼んだ。健闘を祈る』
通信終了。
さて、消火活動とは言ったものの、そんな装備は携帯していない。水は同中の飲み水の分しかないし、そもそも水は凍っていて火元にかけるなんてことは不可能だ。
――いや。違う。
そもそもこの世界において、水をかけて消火するというのは初期消火くらいでしか役に立たない方法だ。ここまで火が広がってしまえば、選択肢は一つ。
「総員、出火地点周辺の建物を全て破壊するぞ! 迫撃砲を持っていけ!」
燃え広がる可能性のあるものを事前に破壊し、火は勝手に消えるのを待つ。この世界で有効な消火方法はそのくらいである。
「では、行こうか」
「はい、シグルズ様」
シグルズとヴェロニカは空に飛びあがった。そして装甲列車の護衛部隊を先導しながら城内へと進む。
しかしシグルズは直ちに方針転換を余儀なくされた。
オブラン・オシュはひどい有様であった。消火活動などまるで間に合っておらず、火が回っていない場所の方が少ないくらいだ。火災を封じ込めるなど最早不可能である。
「こ、こんなこと……シグルズ様……」
「そう、だな……よし、決めた」
「何をです?」
「逆転の発想さ。逆に燃えていない場所を守るように建物を破壊する。総員、僕に続け!」
こうなれば、少しでも多くの建物を残すように努力するしか道はない。シグルズはまだ比較的明かりが小さい方へと向かった。
「この辺りはまだ火が回ってきていないようです」
「ああ。今から僕が印を残す建物を破壊せよ」
シグルズは頭上に光り輝く無駄に豪華な槍を作り出すと、破壊するべき建物の上にそれを突きさしていった。まだ生き残っている地帯を守る壁のように、槍は長い曲線を作った。
「準備が整いました!」
「よし。撃て!」
シグルズが決めた建物に、迫撃砲から次々と榴弾が撃ち込まれる。単なる榴弾であるから建造物が燃えることはなく、ダキアの中世から進歩していない家屋はたちまち崩れていく。
『師団長閣下、列車砲も準備を整えました』
ナウマン医長はこの短時間で列車砲の照準までの準備を整えた。
「流石だな。よし、列車砲も撃ちまくれ」
『はっ』
列車砲の威力は相変わらずこの世界に対して過剰だ。目標に正確に命中しても、周辺の家屋を数件巻き込んでしまう。
とは言え、火が広がるよりはマシであろう。
こうしてシグルズはオブラン・オシュの一角を火の手から守ることに成功した。
「ここは上手くいったが……」
「これはもう……」
火の手はあまりに強かった。これでは市街地のほとんどが焼け野原になることは避けられない。
だが諦める訳にもいかない。少しでも建物を守る為にシグルズは移動しようとしたが、その時だった。
「し、シグルズ様! 後ろで火が!」
「何!?」
今まさに炎から守り切った区画から、火が上がった。煙が出るでもなく、いきなり建物が燃え上がったのである。
「ど、どうしますか!?」
「あれくらいは僕が消す! 部隊は東に動かしておけ!」
「は、はい!」
シグルズは単騎で燃え上がる建物に向かった。
「水だ。ありったけの」
シグルズは建物の上に巨大な水の塊を作り、一気に炎に向かって投げ落とした。その場所だけ大雨が降っているようであった。
たちまち炎は消え、ついでに水びだしになった建物は凍り付いた。
「しかし……明らかに故意。そういうことか……」
自然に起こった火事ならば、シグルズがわざわざ出張らなくてもゲルマニア軍の物量で簡単に封じ込められる筈である。
それが出来なかったのは即ち、これが何者かによって計画的に起こされた火事であり、かつその計画は相当に周到なものであるということだ。
「やってくれるじゃないか……」
どう考えても実行犯はダキア軍。そしてその作戦は大成功だ。
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