ダキアの逆襲
ACU2311 11/8 ダキア大公国
時は数日遡る。
ダキアの厳冬の為に戦車や装甲車は完全に動かなくなり、最前線へと補給物資を届ける手段は、シグルズが作る線路の上を装甲列車で駆けることのみである。
『シグルズ様! 前方に魔導反応です!』
装甲列車の先頭にある機関車の更に先っぽ。そこに人が立てるほどの張り出しが増設されている。
シグルズはそこに立ち、線路を生成しながら車内と通信を行っていた。
「数は?」
『およそ200です!』
装甲列車を動かす度に、ダキア軍は必ず襲撃を仕掛けてきた。しばらく前とは打って変わった積極性である。
まあ大した問題ではないのだが。
「その程度ならば問題ない。ナウマン医長、全速力を維持してくれ」
『承知しました、師団長閣下』
シグルズも慣れたものである。
すでにクリスティーナ所長の指示を受ける必要はなくなり、最近では空から地形を見下ろさなくとも線路を最適な位置に通せるようになっていた。
それに、装甲列車もダキアで使うことを前提として幾らかの改造を施してある。
「機関車、1、2号車、戦闘用意」
機関車はこれまで、装甲こそ貼り付けてあったが、根本的にはただの機関車であった。
敵が接近した際には窓から機関銃を出して応戦していたものの、所詮はただ機関銃を置いただけであり、機関銃がしっかりと固定されている他の車両と比べれば戦闘能力は劣っていたのである。
だがこの機関車は違う。
機関士が狭苦しい空間で働く羽目にはなったが、外周と正面に機関銃が固定され、十分な戦闘能力を手にしている。
もっとも、シグルズから見ると頭の上で銃口が突き出ている訳であり、なかなか怖い。
『敵兵を捕捉!』
『師団長閣下、敵は我らの進路上にいるようです』
「そうだな……」
ナウマン医長もまた、どの道に線路を通すのが最適かを知っている。
『迂回しますか?』
「いいや。死にたいというのなら、殺してあげることとしよう」
『はっ』
その言葉だけでナウマン医長には十分だ。
「撃ち方始め!」
まずは正面の敵に向け、迫撃砲と機関銃で集中砲火を食らわす。
特に迫撃砲は命中率が期待出来ないが、これは敵を牽制する為のもので、大体照準が合っていれば問題はない。
装甲列車は全く速度を緩めず、ダキア兵との距離は急激に縮まっていった。
「よし、ナウマン医長、減速なんてするなよ!」
『無論のことです』
敵は目の前だ。シグルズは魔導兵の足下に無理やり線路を作る。
その瞬間、大きな衝撃が装甲列車を襲った。そして気づいた瞬間には魔導兵は消えていた。
「っ――」
シグルズの頬に血がかかる。直ちに水の魔法で洗い流した。
『師団長閣下、機関車前面の様子はどうですか?』
流石はナウマン医長。
人を轢き殺したばかりだというのに、真っ先に出たのは車両を心配する言葉である。
ここでナウマン医長が気にしているのは、シグルズが立っているこの台座のことである。
この台が設置された本来の目的は進路上の人間を破砕する為であり、シグルズが列車の先頭で線路を作る為というのはついでに過ぎない。
「そうだな……少し歪んでしまっているが、問題ないだろう」
『それはよかった。上手くいきましたな』
「ああ。人間の壁で装甲列車を止めようとするなんて、頭がイカれているとしか思えないけど……」
魔導装甲は大小の衝撃を吸収する。故に列車と衝突した瞬間はその真価を発揮し、張り出し部分を歪ませた。
だが押し潰されるなどの継続的な力に対しては、魔導装甲はほとんど無力だ。故にすぐに効力を失い、魔導兵の体は四散したのであった。
「ヴェロニカ、周囲に他の反応は?」
『周囲10キロパッススに、一切の魔導反応は確認出来ません』
「こんな開けた平野で隠れることも出来ないだろうし、暫くは安全か……」
魔導反応は簡単に隠せても、兵士は物理的に隠すしかない。そしてこんな平原で数百の兵士を完全に隠すことなど不可能だ。
シグルズは暫し、線路作りに集中出来る。
『ダキアの襲撃、近頃は多いですよね』
ヴェロニカには珍しく、世間話を自ら振ってきた。
「――ああ、そうだね。確かに理由が見当たらないのは不気味ではある」
オブラン・オシュまで落とされてやっと危機感を覚えたのだろうか。ピョートル大公はそこまで愚昧な男ではないと、シグルズとしては認識していたのだが。
『はい。何だか、装甲列車を攻撃する以外の目的があるような……』
「これ以外の目的?」
『い、いえ、ただの勘です』
「そう……」
その言葉は妙に腑に落ちた。
そもそも本気で装甲列車を破壊、ないし鹵獲しようとしているのなら、たったの数百人でかかってくる筈がない。
ダキアには他の目的があり、その為に装甲列車を襲撃してくると考えた方が自然だ。
とは言え、今出来ることは敵を発見し次第殲滅することだけであるが。
その後襲撃はなく、装甲列車は無事にオブラン・オシュに到着する――筈だった。
「ナウマン医長、僕には街が明るいように見えるんだが……気のせいか?」
『いえ、気のせいではありません。オブラン・オシュは活気溢れる夜中のように輝いています』
「問題なのは、今が真昼ってことだな……」
オブラン・オシュは、橙の光に包まれていた。
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