衝撃

 ACU2311 11/10 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「――どうやらこれは、確かな情報なようです。大八洲は、大敗を喫しました……」


 リッベントロップ外務大臣は暗い声で報告した。外務省で情報の裏付けを取り、それが事実であることは、最早疑いようもない。


「まさか、あの男が敗れるとは……」


 気付けばヒンケル総統は本心を吐露していた。


 晴虎の高名は全世界に轟いており、彼が不敗の軍神であるとゲルマニア人ですら信じていた。


 そんな彼が敗走したという報せは、ヴェステンラントという共通の敵を持つゲルマニアとしても、非常に芳しくない報せである。


「それで、我が国に影響はあるか?」


 大八洲が負けたということは、ヴェステンラントに余裕が出来るということ。間接的にゲルマニアが苦戦を強いられる可能性もある。


「それについては、確かに影響は免れませんが、致命的な事態にはならないかと思われます」


 帝国一の策士、西部方面軍のザイス=インクヴァルト司令官は言う。何か悪影響があるのしたら、真っ先にそれを被るのは西部方面軍なのであるが。


「と言うと?」

「これまでヴェステンラントは負け続けで、大八洲方面から絶大な圧力を受けておりました。それは今回の海戦により、大幅に軽減されるでしょう」

「ああ。そうだな」


 わざわざ考えずとも分かる、自明の理である。


「しかしながら、それでヴェステンラントが我が国に対して全力を投入するかと言われれば、否定的な見解を示さざるを得ません」

「……率直に言いたまえ」

「はい。簡単に申し上げますと、大八洲は今回の戦闘で敗北こそしましたが、戦力を失った訳ではないということです」

「そうなのか?」

「はい。大八洲軍は損害が拡大する前に兵を撤退させており、その強大な海軍は、今なお健在です」


 艦隊が壊滅した訳ではない。確かに大きな損害を出してはいるが、敗北を悟った時点で、大八洲軍は直ちに撤退した。


 故にその損害は最小限に抑えられている。


「なるほど。だから、こちらへの影響は限定的ということか」

「流石は閣下。話がお早い」

「それが独裁者の仕事だからな」


 要するに現存艦隊主義である。


 艦隊というのはそれが存在していることこそが脅威であり、大八洲艦隊が健在である限り、ヴェステンラント艦隊は常に大艦隊を派遣し続けなければならない。


 噂にあるヴェステンラントの巨大戦艦も、所詮は一隻の戦艦。複数の艦隊を用意すればその一つにしか対応出来ない。


「つまるところ、まあ少々はこちらに敵の増援が来るかもしれませんが、大したことはないということです」

「それを相手取るのは君な訳だが……本当に大丈夫なのか?」

「防御であれば、何の心配もありません。こちらから攻め込むとなれば少々難儀するかもしれませんが」

「当面は問題なし、ということか」


 まあゲルマニア側から攻勢を仕掛けるのが無謀であることは、ずっと前からそのままである。


 敵の兵力が多少増えたところで大勢に影響はない。


「しかし、決して楽観視することも出来ません。軍事的に見れば大八洲は大した損害を負ってはいませんが、彼の国の事情を考えると、芳しくない事態も起こり得るかと」

「今度は何だ?」

「ご存知の通り、大八洲軍は半独立の大名の軍隊の寄せ集めです。これまでは晴虎の神がかりの采配を信じて離反などもなく兵を進めて来ましたが、この大敗でよからぬ動きがあるやもしれません」

「反乱――とまではいかなくとも、兵を引き上げる大名が出るかもしれないということか」

「はい。これほどの遠征、そもそも大八洲には全く向いていません。そして、一度ヒビが入れば、岩は脆くも崩れ去るものです」


 この敗北により、戦争の早期終結への道は完全に閉ざされた。補給線を維持出来ない中小の大名は兵を引き揚げざるを得ないことが予想される。


 或いは、ヴェステンラントからの工作に応じ、謀反を起こす大名が現れる可能性も捨てきれない。


「歴史上、偉大なる指導者の個人的な力によって率いられた国家は、彼の死と共に崩れ去ることが常です。まあまだ晴虎は死んでいませんが」

「しかし彼の神話は死んだ、か……」

「はい。それだけが気がかりです」


 兵は不敗の英雄についてきた。だが彼が不敗でなくなった今、果たして兵は彼を追うだろうか。


「もっとも、ここで我々が何を議論しようが、大八洲の未来が変わる訳であはありますまい。外務大臣には、引き続き大八洲の内情を調べて頂きたい」

「それは無論のことだ。手を緩めるつもりなどない」

「それは結構」


 引き続き大八洲の情勢を注視する。ゲルマニアに出来ることはそれくらいなものである。


「それよりも、我が国の問題を議論すべきでしょうな」


 この会議で最年長のカイテル参謀総長は言った。


「そうだな。問題と言えば、やはり東部戦線か」

「はい。オブラン・オシュを占領してからおよそ3週間。そろそろ東部の戦略を考え直す時であるかと」

「だな……」


 わざわざ言わなくとも分かる。東部戦線――正確にはダキアの内陸に深く切り込んだ精鋭部隊は、危機的な状況にあるのである。

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