潰走
日本丸は完全に向きを直角に変え、その舷側をイズーナに向けた。そして側面からありったけの大筒を突き出した。
「放て!」
大筒は一斉に火を噴いた。数十の榴弾がイズーナに直撃し、イズーナの姿すら覆い隠すほどの爆炎が立ち上った。
「おお……これなら……」
イズーナに損害を与えられたのではないかと、本陣の武将達は希望を持った。
実際、防御力ではただデカいだけで大したことのない日本丸だが、大筒を大量に搭載したその攻撃力は大八洲水軍でも最強である。
だが、その希望は容易く打ち砕かれた。
煙の中から現れたイズーナには、傷の一つすらついていなかった。いや、正確には美しく施された塗装が剥げている。
「あの鈍色は……」
「鉄、であるな。やはりそうか……」
疑いようがなかった。イズーナは全面に鉄の装甲を持っており、大八洲の保有するいかなる武器を以てしても破壊は不可能であると。
そしてイズーナは、砲撃をするでもなく、ただ一直線に日本丸に突進してきた。
「晴虎様! 最早、避けられません!」
操舵手から悲鳴のような報告が届いた。日本丸がイズーナの突撃を回避することは、今や手遅れである。
「晴虎様、早くここからお逃げなさらねば!」
「……毘沙門天の加護、なし、か……」
晴虎はただ茫然としていた。この戦争が始まって以降初めて、大八洲は敗北した。しかも晴虎が本陣を放棄せざるを得ないほどの大敗だ。
「晴虎様、失礼致します! 御免くださいませ!」
朔は晴虎を無理やり抱きかかえると、黒い翼を生やして日本丸から脱出した。その他の上杉の将軍たちも、飛鳥衆に抱えられながら船を捨てて脱出した。
何とも無様な敗走であるが、今は何としても生きねばならぬ。
「日本丸が……」
そうして上杉の指導部を逃がした後、日本丸はイズーナに真横から突撃された。否、貫ぬかれた。
日本丸は砂の城を崩すように真っ二つにされ、船体は大きくのけぞり、およそ船が見せるものではない姿を晒しながら、ゆっくりと沈んでいった。
脱出の出来なかった者は積んであった小舟で逃げるか、或いは海に落ちて溺れ死んだ。
一行は後方の小荷駄の船に移り、本陣を構え直した。
イズーナは大八洲艦隊の中央で、泰然として鎮座していた。
「晴虎様……」
「今の我らでは、あれに勝ち目はない。皆、兵を退け! この戦い、我らの負けだ!」
「そ、そんな……」
「聞こえぬか! 兵を退け!」
「――はっ!!」
まだ全体としては優勢であったが、いや、まだ優勢を保っているからこそ、晴虎は直ちに全軍の撤退を命じた。大八洲が完全に敗北した最初の戦いであった。
○
撤退を始めて半刻ほど。多くの大名は順調にヴェステンラント艦隊との距離を離しつつあったが、一部の部隊は敵に動きを拘束され、下がろうにも下がれずにいた。
そんな中、本陣に通信が入った。晴虎と直接話がしたいとのことで、晴虎が直接遠話機を取った。
『晴虎様、嶋津薩摩守だ』
「嶋津殿? 何用か」
『俺たちの味方でまだ取り残された者がいる。そいつらを助けることを許してはもらえねえか?』
前線から下がれない味方を助けに行ってもいいかと問う、実に簡潔な通信だ。一度撤退することに成功したのに再び前線に戻ろうというのである。
「……よい。頼んだ、嶋津殿」
『おうよ。鬼嶋津の戦を見せてやるぜ!』
〇
「者共、突っ込めい!」
「「「おう!!!」」」
嶋津の精兵にはその号令だけで十分であった。
二十隻ばかりの嶋津の船団は、尚も一進一退の攻防を繰り広げる友軍艦隊の間をすり抜け、敵艦隊に向かって突撃した。
敵の射撃によって兵が次々と倒れるが、そんなことは嶋津にとって大した問題ではない。
船と船が次々と衝突し、そこから嶋津の兵が次々と移乗攻撃を仕掛ける。この時点で嶋津家は五分の一ほどの兵力を失っている。
「こいつらを蹴散らせ! 我らに軟弱の白人は敵わぬと知らせめよ!」
嶋津の武士の勢いは、それは凄まじいものであった。全ての兵士が一騎当千の活躍を見せ、敵兵の首を次々とねじ切っていった。
「昭弘様、お味方は無事に逃げおおせたようです」
嶋津の決死の突撃で敵は大いに混乱し、味方は全て撤退することに成功した。
しかし同時に、嶋津隊は敵中に完全に孤立した。
「よし。俺たちの勝ちだな」
「しかし、囲まれてしまいましたね……」
「この程度、唐土征伐と比べれば大したことはねえ。皆の者、前へ! 前へ進むのだ!」
「はっ!」
あえて指示するまでもない。嶋津は奪った敵船を操り、ヴェステンラント軍の旗艦ヴァルトルートに向かって突撃を始めた。
予想外の行動に、敵は追いつけない。
「これが、大船……」
「よし。ここで曲がれい!」
そしてヴァルトルートを眼前にして全軍で西に曲がり、敵艦隊をぶち抜いて撤退を完了させた。
ここまでで嶋津は兵の大半を失い、残ったのは最初に従軍した者の十分の一を切っていた。
一隻の船に全ての兵が収まってしまうほどである。
「ふう……何とかなったな」
「まさかこんな真似を二度もしでかすことになろうては、思いませんでした」
「だろうな」
こうして大八洲艦隊はテラ・アウストラリス上陸を断念し、日出嶋へと撤退した。
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