イズーナⅡ

 鉄甲船と比べ、イズーナの高さは三倍、全長は十倍近くだ。まるで赤子と偉丈夫のような体格の差である。


「皆の者、衝撃に備えよ!」


 鉄甲船団はお互いに密接しつつ、ついにイズーナと衝突した。鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音が響き渡る。


「なっ……まさか……」

「お味方の船、沈んでおります!」


 先頭でぶつかった鉄甲船が、一瞬にして沈んだ。そしてイズーナには傷すらついていなかった。


 大八洲軍は圧倒的な暴力の差というものを見せつけられたのだ。


「そんなの見りゃ分かるわ! 固まって突っ込め!」

「はっ!」


 鉄甲船はイズーナに次々と突撃した。しかしその全てがたちまち粉砕され、海の底に沈んでいった。


「これは、やはり……」

「どうやら、敵もまた鉄甲船のようです。それも途轍もなく大きい……」

「あ、ああ……」


 鉄甲船の破壊され様から、彼らは瞬時に判断した。


 あの巨大船は、鉄甲船と同じく、全体を装甲で覆っている。それはゲルマニア軍が構想する戦艦のようであった。いや、それ以上の何かだ。


「こんなもの、我らでは手に負えん! 下がれ! 下がれ!」

「はっ!」


 半分以上の鉄甲船を失い、ついに嘉信は撤退を命じた。幸いにもイズーナの速度は非常に遅く、鉄甲船でも逃げ切ることが出来た。


「は、晴虎様に伝えよ! 奴はとんでもない化け物だと!」


 あの船を沈めるには少なくとも大八洲艦隊の総力を投じねばならない。嘉信は晴虎の神がかり的な采配に一縷の望みを託すことにしたのだ。


 だが、彼が通信を行った直後。


「!? 何だ!?」


 すぐ隣で、大きな爆発音がした。


 嘉信は直ちに船から出て、その様子を確かめる。


「わ、我らの船が……」

「まさか、敵も大筒を持っているのか……」


 見れば、隣を航行していた鉄甲船の中央部がすっかり消滅し、中央に大きく凹んで沈みかけていた。


 決して弩砲の攻撃ではない。大八洲の大筒、いや、それをも超える破壊力を持った何かに撃たれたのだ。


「に、逃げろ! 速く!」

「はっ!」


 逃げ惑う鉄甲船も次々と撃沈された。そして生きて逃げ帰れたのは僅かに三隻に過ぎなかった。


 〇


「晴虎様、鉄甲船は歯が立たなかったようにございます……」


 本陣の者は晴虎を除いて皆、沈痛な面持ちをしていた。


「……で、あるか。なれば、我の持てる力の全てを投じる他にない。動ける船は全て、あの白き船を囲え。あの船に乗り移るのだ!」


 イズーナを沈めることは最早諦めた。次なる策はイズーナに移乗して内側から制圧すること、古代からの伝統的な戦い方である。


 〇


「そう、嘉信の役立たずの尻拭いをしろってことね……いいわ。あの船を挟み撃ちにしなさい!」


 曉は麒麟隊の艦隊を二つに分け、イズーナを左右から挟み込むようにして前進させた。


 横から見るとイズーナの異常さがよく分かる。一体何隻の安宅船を繋げたらこれほどの長さになるのか、検討もつかない。


 その側面には木材の切れ目などがまるでなく、確かに城壁のようであった。


「確かに、弓で射ようと意味はなさそうね。間を詰め、乗り移りなさい!」

「「「はっ!!」」」


 一気に船首を展開させ、イズーナとの距離を詰める。


 が、その時だった。


「あ、あれは……」

「口が開いた……?」


 イズーナの側面に複数の穴が開いた。通常のガレオン船ならば明々白々な砲撃口が、開かれるまで確認出来なかったのである。


 そしてその穴から魔導弩砲の先端が顔を出した。数は片方だけで八十ほど。圧倒的な数である。


「そう……まあ撃ってくるのは当たり前よね。皆、構うな! 奴に近づきなさい!」


 弩砲の破壊力は低い。故に多少の犠牲を無視すればイズーナに接近することは容易である。


 曉はそう思っていたが――


「ば、爆発!?」

「と、隣の船が木っ端微塵に!」


 曉の船のすぐ隣を進んでいた船が突如として大爆発を起こし、跡形もなく消え去った。


 大八洲の軍船は鉄甲船を除いて火薬など積んでいないから、何がどうしたのかさっぱり検討もつかない。


「な、何が起こって……!?」


 間髪入れず、目の前の船が吹き飛ばされた。そして麒麟隊の軍船はみるみるうちに数を減らしていく。


「あ、曉様……これは……」

「そんな……ありえない!」

「何が何だか分かりませぬが、このままでは我らは全滅です! 曉様!」

「ひ、退きなさい! 速く!」


 一体何がどうなっているのか分からないまま、麒麟隊は敗走した。


 〇


「晴虎様……」

「うむ……」


 この時点で上杉家が直轄する兵力は日本丸ただ一隻となってしまった。


 予想を遥かに超えるイズーナの強大さに、晴虎ですら苦しげな表情を隠せなくなっている。


「晴虎様、日本丸であれに太刀打ち出来るとは思えませぬ。この際は……お逃げ下さる他、ございませんかと……」


 朔はついに進言した。


 上杉に勝ち目はなく、今は日本丸を捨てて逃げるしか選択肢はないのだと。


「…………よかろう。なれど、この日本丸をただ敵にくれてやる訳にはいかぬ」

「と、仰られますと……」

「取り舵一杯! 奴に大筒を食らわせよ!」

「――はっ!」


 最後の足掻きだ。日本丸にはせめて華々しく散らせてやろうという、悲壮な覚悟である。

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