青の魔女
「何!? どこからだ!」
晴政は反射的に辺りを見回したが、すぐにそんなことをするのは無意味だと思い出す。
「そこの首、お前だな」
シャルロットの声で笑うのはシャルロットの首しかない。晴政は首に刀を突き刺そうとしたが、頭にだけは歯が立たない。
「その通り。じゃあ戦いを続けましょうか」
「何をする――!?」
その瞬間、そこに甲板上に横たわったシャルロットの体があった。一糸まとわぬ傷ひとつない体だ。
しかもすぐ傍には前進を鎖で貫かれて首を切り落とされた死体が転がっている。
首から体が生えたのだ。その理解を超えた様子に晴政ですら一歩退く。
今この瞬間に生成された体は、シャルロットの首を付けてゆっくりと立ち上がった。
「ねえ? 私を殺すなんて、無理なのよ」
「……まったく、地獄から舞い戻ってでも来たのか?」
「ふふふ、さあ、どうするの? あなたの策が何の役にも立たないこと、身に染みたでしょう?」
「晴政様、ここは一度退かれた方が……」
源十郎は晴政に一時撤退するよう進言した。
「退く? この海のど真ん中の本陣で、一体どこに退くというのだ?」
「お味方の船はまだまだ健在です」
「否! 例え地獄の悪鬼であろうと、必ずや殺すことは出来る!」
晴政は改めて刀の切っ先をシャルロットに向けた。最早、彼の頭の中には彼女を殺すことしかなかった。
まあ、何も考えはないのだが。
「へえ? でもどうするの? どうやって私を殺してくれるの?」
「こうするのよ!」
「うん?」
その時、甲板を陰が覆い尽くした。
桐の率いる飛鳥隊がこの船上に集結したのである。その数はおよそ千。伊達家の持つ戦力のほとんどである。
「奴を燃やせ!」
桐の合図で兵は一斉に火の玉を作り出し、シャルロットに向かって八方から投げつけた。
烈火はたちまちシャルロットを覆い隠し、人の姿は何も見えなくなった。同時に狼煙のような煙が煌々と立ち上る。
少なくとも木造船の上でやっていいことでないのは確かである。
「き、桐様!?」
「大丈夫よ、源十郎。手は打ってあるわ」
「それはどういう……なるほど」
晴政ごとシャルロットを焼き尽くすつもりはない。
桐は命じて風と水の鬼道が使える者に、氷と気流の壁を作らせた。氷の柱の中で猛火が上がり、風はその中に空気を吹き込みつつ、外に火の粉を飛ばさない。
無論、船内にも壁を作り、氷で囲まれた完璧な処刑場の完成である。
「これならあいつも丸焦げでしょう!」
「お見事な手です、桐様」
「さて、どうなるものか……」
暫く待って、晴政は一切の壁を崩すよう命じた。氷の柱は一瞬にして霧散した。
「どれどれ……」
その残骸には、辛うじて人の形を残しているだけの黒い塊が転がっていた。人相などとても判別出来ないし、性別すら分からない。
火炙りにされた死体よりももっと酷いものがそこには転がっていた。流石の伊達家の兵も、幾人かが嘔吐している。
「ふん。これで死んだか」
晴政は黒いものを軽く斬りつけてみた。腕だったと思われるものが砂のような音を立てながら、大きな塊から外れた。
「どう? これが私の力よ」
「そうだな。帰ったら鬼庭には加増してやろう」
「だったら、その前に馬鹿をやらかして伊達家を滅ぼさないことね」
「上杉を滅ぼせは、我らは三千万石の大領を得られるぞ! その暁にはお前に二百万石当たりを――」
「この馬鹿! 勝手にしなさい!」
桐は飛び去ってしまった。
「お、おい……」
「晴政様…………」
「何だ、源十郎」
「いえ、何でもありません」
シャルロットとの闘争は終わった。だが海戦はまだまだ始まったばかり。晴政は伊達家の采配を振りに戻ろうとするが――
「……やって、くれたわね……」
地獄から響く怨嗟のような声が、晴政の耳に届いた。
「お前……まさか……」
「ええ……そうよ。言ったでしょう、私は死なないって。でも……焼き殺されるのは面倒な……」
黒い塊が起き上がった。それはおぼつかない足取りでゆっくりと晴政に近づいてくる。
「ふはは! お前はもう、何をしたら死ぬんだ!」
晴政は笑うしかなかった。最早人間の形を保たなくなるまで体を焼き尽くそうとも、シャルロットは死んでいなかったのだ。
口がどこかすらよく分からないが、彼女の声が確かに聞こえた。
「どうするつもりだ?」
「こうするのよ」
黒い塊が突如として崩れ落ちた。そしてその中から脱皮の様にして、火傷の一つもないシャルロットが姿を現した。
「お前……どうなってるんだ……」
「私はどんな怪我を負っても全部治るのよ。こう言うのは何度目かしら」
「…………ふざけていやがる」
桐の渾身の作戦も、シャルロットの圧倒的な再生能力の前にはまるで意味がなかった。
「まあ、今日はこの辺で帰るわ。私もいつまでも傷を治せる訳じゃないから」
「――何?」
「じゃあねー」
「お、おい、待て!」
シャルロットはレギオー級の魔女に相応しい速度で飛び去り、たちまち視界から消え去った。
――奴も鬼石が尽きれば死ぬということか。面白い。
シャルロットの最後の言葉。その意味は晴政にはすぐ理解出来た。どんな武士でも鬼石がなければ鬼道は使えない。
実に単純なことである。
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