混戦

 その頃、晴虎の日本丸にて。


「晴虎様、敵の大船は思いの外堅く、鉄甲船の大筒のみで沈めることは難しいかと存じ上げます」


 朔は上杉家の最前線が以外にも苦戦していることを報告した。戦闘は完全なる膠着状態であり、勝てる気配がない。


「で、あるな」

「どうなされますか?」

「曉に、我を守る麒麟隊を率いさせ、鉄甲船に加勢させよ」

「よ、よろしいのでございますか?」


 晴虎の周囲は二十隻ばかりの軍船ががっちりと守っている。それを動かすというのはつまり、日本丸が裸城になるということだ。


「いくらこの船が堅固だからとは言え……」

「構わぬ。鉄甲船が崩れれば、どの道ここも敵に狙われる。二十隻程度であの大船には敵うまい」

「……はっ。承知致しました」


 曉は早速艦隊を前進させ、鉄甲船と共にヴェステンラントの大船への攻撃を開始した。


「さあ、奴らに矢の雨を浴びせてやりなさい! 情け容赦など無用よ!」

「「はっ!」」


 鉄甲船を躊躇いなく盾とし、麒麟隊の艦隊は大船への射撃を開始した。大船の上で弩砲を操っていた魔導兵はたちまち掃討され、大船からの攻撃は幾分か弱まった。


「さて、こちらも弩砲を出す時ね。大船を刺し貫きなさい!」

「「おうっ!」」


 ヴェステンラントが標準装備している弩砲を、大八洲軍はいくらか鹵獲し再現した。それが今この船団に搭載されている。


「撃てっ!」


 鉄甲船の隙間から、一直線に鋭い矢を撃ち込む。


 破壊力は榴弾の比べ物にならないほど弱いが、代わりに貫通力は段違い。損傷箇所の修理にあたっている魔女達を、弩砲は次々と貫いた。


 榴弾と矢の組み合わせは予想以上に凶悪であり、大船の船体は徐々に崩れ始めた。


 〇


「晴政様、麒麟隊が動いたようです」

「何? それは……」


 日本丸が事実上孤立して浮いているのを、伊達家はすぐに発見した。


「はい。今、晴虎様はお一人のようなものです」

「そうか……」


 千載一遇の好機である。晴虎が護衛もなしに孤立していることなどそうそうない。そしてシャルロットを撃退した伊達家には少々の余裕がある。


 この大筒を満載した大將船くらいなら、前線から離脱させても問題はないだろう。


『兄者……やるのか?』


 晴政晴政反を企てそうなことを察し、成政は通信をかけてきた。その声は不安と期待が入り交じっているようだ。


「⋯⋯……」

「晴政様、ここば将軍を討てば、天下を取れるやもしれません。しかしそれは主を騙し討ちして得た天下。誰も着いては来ますまい」

「源十郎……」

「晴政様が本気でやると仰るのなら私は着いて参りますが……」

『俺も、兄者がやるってんならどこまでも戦うぜ』


 晴政は考える。


 武士の社会において裏切りは最大の罪。だがそれを犯して得られるものは天下。


 恐怖と誘惑、天秤はちょうど釣り合っている。だが、晴政は決心した。


「やめだやめ! 今はやらん!」

「それはどういうお考えで?」

「晴虎を後ろから闇討ちしても何も面白くはない。我らは正々堂々と晴虎に戦を挑み、奴を叩き潰すのだ!」


 天下取りを諦めるつもりはさらさらないが、こんな卑劣な真似はしない。


 やるのなら真正面から戦を挑む。それが晴政のやり方だ。目の前のものに目が眩んで、危うく自分を見失いかけていた。


『兄者……』

「はっ。承知致しました。なれば、今は眼前のヴェステンラント兵を叩き潰すこととしましょう」

「無論のこと。成政、そちらの様子は?」

『心配無用! 奴らを押してるぜ!』


 伊達家は艦隊を二つに分けて、片方の指揮を成政に任せている。そちらの戦況はよく、晴政本隊もまた優勢である。


「では改めて、上杉の様子はどうか」

「はい。上杉は手持ちの船を全て前に出し、ヴェステンラントの大船を沈めつつあります」

「左翼はどうだ?」

「左では武田殿が采配を振っており、負ける気配もありません」

「だろうな。では我らも負けぬよう、押しまくれ!」

「はっ!」


 東西に長く広がった戦線。その全てで大八洲軍が優勢であった。


 特別策を講じなくとも、大八洲軍の圧倒的な実力の前にヴェステンラントは歯が立たなかったのである。


 〇


「殿下! ヴァルトルートはもう持ちません! 今すぐに船を下げましょう!」


 ヴァルトルートの艦内で、ラヴァル伯爵は黄公ドロシアに必死に訴えた。


「チッ……ここで浮かんでることすら出来ないって?」


 戦闘能力を失おうとも、ヴァルトルートが浮かんでさえいれば、大八洲の鉄甲船をここに拘束出来る。


 それは戦術的に見れば正しい判断である。


「はい! このまま槍を交えれば、負我々です!」


 だがヴァルトルートは浮かんでいることすらままならなくなっていた。


「この……」

「殿下!」

「分かったわよ! とっととヴァルトルートを下がらせて」

「はっ! 直ちに」


 全身から煙を上げながら、ヴァルトルートは命からがらといった様子で後方に撤退した。その穴を他の艦船が埋めようとするが、鉄甲船の圧倒的な力の前には足止めすら敵わない。


「ど、ドロシア……このままでは負けてしまいます……」


 青公オリヴィアは泣きそうな声で言う。ヴァルトルートが戦線を離脱した今、ヴェステンラント海軍に残された道は鉄甲船に蹂躙されるのみである。


 だがその時、ドロシアも知らない何かが起ころうとしていた。

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