乱戦Ⅱ

 一方その頃、上杉家の鉄甲船にて。


 鉄甲船団は敵が接近することすら許さず、近寄る船をことごとく沈めていた。だがヴェステンラントも馬鹿ではない。


「嘉信様、敵の大船が動き出しました」


 鉄甲船団を率いる九鬼形部嘉信に報告が入った。


「ぬ……また同じ馬鹿をしでかそうというのか……」


 嘉信はヴェステンラント軍が大船を突撃させて晴虎の大將船を突こうとしているのだと判断した。今回はどの船に晴虎が乗っているのか非常に分かりやすい。


「よし。前と同じように奴を挟み込んで沈めるぞ! 陣形を整えよ!」


 もう既に対策は確立している。鉄甲船で大船を挟み撃ちにし、両舷から大筒を撃ちまくるのである。


 鉄甲船団はまず、あえて晴虎の船への道を開けた。その間を通れば大船の命運は決まったようなもの。


「よーし、かかったな……」


 大船は一直線で突撃して来たが、鉄甲船団と正に衝突しようとしたその時――


「と、止まった?」

「そのようですね……」


 鉄甲船団にほとんど横付けする形で、大船はいきなり停止した。そして魔導弩で鉄甲船への攻撃を開始した。


「クッ……要らんことに気を取られてしまった……」


 嘉信は冷静である。


 と言うのも、例え至近距離に迫られようと、鉄甲船の装甲をヴェステンラントの弩砲が抜くことは出来ないにである。自走しなくてはならない戦車とは根本的に厚みが違う。


「どうされますか?」

「直ちに列を整え、応戦せよ!」


 鉄甲船団は奇策に応じる為に陣形を崩してしまっている。だが嘉信の迅速な指揮によって人を立て直し、兵法書通りの横陣を整えて応戦を開始した。


 ヴェステンラント軍の攻撃は熾烈であり、船の外に出ようものならあっという間に穴だらけにされるだろう。だが装甲で守られた船内にその攻撃が届くことは決してない。


 しかし大八洲軍の砲撃も効果が薄かった。炸裂弾で大船を破壊しようと、その箇所が直ちに修復されてしまうのである。


 やはり両側から攻撃を加えなければヴェステンラント軍の修復能力を飽和させることは出来ないようだ。


「これは困りましたね……」

「こんなことに弾を使っていては、金が……」

「金なら晴虎様が出してくれるでしょうに」


 双方、矢と砲弾をひたすら無駄遣いする羽目に陥っていた。


 ○


 伊達家の船団に舞台は戻る。


「俺と相対するのはこれで四度目か?」


 青の魔女シャルロットとは、晴政が片目を奪われた時からの縁である。晴政は大きな会戦がある度に彼女と出くわしてきた。


「そうね。毎度あなたにはたまたま会っていたけど、今回はちゃんとあなたを殺しに来たわ」

「ほう。伊達の一万の兵のど真ん中で、俺を殺せるとでも?」

「やってみなければ分からないでしょう?」


 シャルロットの両手の爪が伸びる。たちまちに短刀くらいの長さになったそれを、シャルロットは周りの兵士に見せびらかした。


 始めてその姿を見る者はその異形を恐れたが、晴政や源十郎には慣れっこである。


「じゃ、殺させてもらうわ!」


 シャルロットは魔法で弾みをつけると、鉄砲玉のような速さで晴政にその爪を振り下ろした。


「その手が通じるとでも!」


 晴政は目にも止まらぬ速さで刀を抜くと、シャルロットの斬撃を受け止めた。晴政も晴政で、鬼道で腕力を何倍にもあげている。


 あまりの衝撃に、甲板が歪んだ。


「真正面から俺と斬り合って勝てるとでも?」

「あなたも私を殺せないでしょう?」

「俺一人ではな」


 晴政はニヤリと笑う。


「?」

「弓隊、構え!」


 晴政が号令すると、晴政の後ろに百人程度の兵士が弓を構えて並んだ。


「いくら私を矢で貫いても、殺すのは無理よ? さあ、やってみなさい」


 シャルロットは逃げるでも隠れるでもなく、弓隊の射線上に堂々と仁王立ちした。


「なれば、遠慮なく。放て!」

「矢の無駄――?」


 矢が放たれた。だがその矢には長い鎖が括りつけられていた。


 鎖がシャルロットの胴体、四肢を貫き、たちまち彼女を一切の身動きが取れないまでに拘束した。


「へ、へえ。面白いことをするのね……」


 シャルロットは鎖をジャラジャラ鳴らして抵抗したが、晴政の策を破ることは出来ない。体中から血が流れるだけであった。


「さて、お前はもう動けまい」

「動けなくしたから何? 私を殺せるとでも?」

「まあそうだな。体中を槍で貫かれても死なないお前が、この程度で死ぬ訳もなし」

「だったらどうするの?」

「お前は心臓を抉り出しても死なぬし、頭はちゃんと守っている。だが、首を斬り落とされたことはあるか?」

「そうね……ないわ」

「なれば、今ここで試してみよう」


 晴政は刀を抜き、シャルロットの首に当てた。薄っすらと血が滲む。


「では、さらばだ、ヴェステンラントの悪鬼」


 そして躊躇なく刀を横に振り、シャルロットの首を斬り落とした。首は頭のように守られてはおらず、簡単に切断することが出来た。


 シャルロットの首はボトンと音を立てて晴政の足元に転がり、体は力なく崩れ落ちた。


「これで、終わりましたね」

「ああ。最初からこうすればよかったな」


 戦いは終わった。ついにヴェステンラントが誇る五大二天の魔女の一人を殺したのだ。そう思っていた時だった。


「ふ、ふふふ……」


 シャルロットの不気味な笑い声が響いた。

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