乱戦

 ACU2311 テラ・アウストラリス近海 ヴェステンラント艦隊旗艦ヴァルトルート


 ヴェステンラントがたったの2隻しか保有していない(1隻は既に晴虎に沈められた)ヴァルトルート級魔導戦闘艦。


 その一番艦ヴァルトルートこそ、大八洲軍の補足した大船であった。陽公シモンの援軍は、第一にこの船である。


「ったく、シモンも渋いわね。ヴァルトルートしか貸してくれないなんて」


 黄の魔女にして黄公ドロシアは、いつものように悪態をついて本国のシモンに向かって唾を飛ばした。


「畏れながら、殿下、ヴァルトルート級の1隻は、普通のガレオン船の100隻に匹敵するかと」


 ドロシアの横でいつも執事のように諫言をしている苦労人、ラヴァル伯爵は言った。これは比喩などではなく、100隻程度のガレオン船ならばヴァルトルート級で蹴散らせるだろう。


「チッ……わざわざ言わなくてもいいわよ」

「ふふ。もしもヴァルトルートも沈めちゃったらどうなるのかしらね?」


 いつも不気味に笑っている小柄な少女、青の魔女シャルロットはドロシアにそうけしかけた。


「そんなこと起こらないから、考えもしなかったわ」

「もしかしたら背任の罪で処刑されちゃうかも? ふふふ……」

「こいつ、ますます頭がおかしくなってるわね」

「ね、姉様が失礼なことを……ごめんなさい」


 シャルロットの妹、青公オリヴィアはおどおどしながらドロシアに謝る。本来二人は対等な立場のはずなのだが、これではまるで奴隷と主人のようである。


「いつものことよ。気にしてないわ」

「そ、それもそれで……」

「あんた、自分の姉様の面倒くらい――」

「殿下! 敵が動きました!」


 その時、伝令が大急ぎで駆け込んで来た。大八洲軍が前進を始めたのである。


「了解よ。直ちに迎え撃ちなさい」

「はっ!」


 〇


「一隻たりとも敵を逃すな! 全て沈めるのよ!」


 桐は伊達家の武士を率い、ヴェステンラント艦隊に対艦攻撃を行っていた。


「よいしょっと……」


 桐は魔法で空中にいくらかの鉄球を作り出した。人の頭の二倍はある球である。


「くらえ!」


 そしてその球を一気にヴェステンラントの船に投げつけた。


 その勢いは大砲から放たれた球のようであり、たちまち敵船の甲板から艦底までを貫いた。ついでに数人が巻き込まれて水底に沈む。


 更に同じ船に向かって何人もの武士が火球やら岩やらを投げつけ、たちまち船は穴ぼこだらけになって沈んでいった。


「よし! 次行くわよ!」

「「はっ!」」


 そうして伊達の軍勢は船から船へと飛び回り、次々と船だったものを作り出していく。敵は反撃に出ようとも、甲板には絶えず矢が降り注ぎ、飛び立つことは叶わない。


 が、その時だった。


「桐様! 敵が動きます!」

「は? こんな戦況で突っ込もうっていうの?」


 言われるまでもなく、桐にも見えた。ヴェステンラント艦隊は損害を顧みず、全速力で伊達の船団に突撃を始めたのである。


 乱戦に持ち込んで白兵戦で決着をつける気であろう。


「面倒なことを……出来るだけ船を沈め、合図で船に戻る!」


 まず敵の数を少しでも減らし、その後は飛鳥隊も甲板上の戦いに加わるという作戦である。


 〇


「晴政様、いかがされますか?」


 片倉源十郎は、ヴェステンラント軍の予想外の行動にどう対処するべきか問うた。


「うむ……上杉の様子はどうか」

「上杉……ですか。敵は上杉の鉄甲船にも迫りつつあるようです」

「そうか……まあいい。我らが為すべきことは決まっておる。我らの船を一隻たりとも奪わせるな! 我らの船は我らの領地! されに踏み入る者は、一兵たりとも生かしては帰さぬ!」

「はっ! そのように」


 大八洲軍の得意な白兵戦で挑戦を受けたのだ。これに応じない手はない。それに晴政には一つ楽しみにしていることがある。


 〇


「我こそは伊達陸奥守晴政! この首が欲しくば、かかってくるがいい!」


 敵味方が乱戦を繰り広げる船上で、晴政は堂々と姿を現して。大将が下がるなどという考えは彼にはない。


 一般の兵卒で、彼の首が欲しくない者などいないだろう。ヴェステンラント兵は一挙に晴政の許に群がり始めた。


「死ねっ!」


 晴政に、魔導兵が大振りに斬りかかった。


「ふん。雑魚め」


 が、その斬撃は容易く回避され、気づいた時には彼の首は宙を舞っていた。余りに早い決着に、ヴェステンラント兵達はおののいた。


「さあさあ、俺に勝負を挑める者はいないのか?」

「怯むな! 数で囲えば必ず殺せる!」

「「「おう!!」」」

「おやおや」


 晴政一人に十人ばかりのヴェステンラント兵が一斉に襲いかかった。晴政は近くの者から次々に討ち取るが――


 ――不味いっ。


 その時、一本の刃が晴政の腹を捉えた。防ぐにはもう遅い。晴政は腹を刺し貫かれるのを覚悟したが……その切先が晴政の鬼鎧に届くことはなかった。


「晴政様、お怪我は?」

「ふっ、お前がいる限り、俺に傷などつかぬさ、源十郎」

「なればよいのです」


 源十郎がすかさずその魔導兵を殺した。


 そして、この主従の前に敵う者などいない。晴政を囲んでいた兵士はたちまち皆殺しの憂き目に遭い、大將船に乗り込んだ者達は逃げ帰った。


「まったく、雑魚しかおらんな、東の武士は」

「ふふ、そうかしら?」

「!? 誰だ?」


 その時、晴政の目の前に、不気味な微笑みを浮かべた少女が舞い降りた。

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