開戦
ACU2311 11/7 日出嶋近海
ついに出陣の日である。各大名はその軍勢と軍船を集結させ、ついにヴェステンラントの根拠地を撃滅せんとしている。
三百隻を超える大艦隊には大小様々な軍船があるが、その中に一隻、飛び抜けて大きな軍船があった。
「晴虎様、何故にこの日本丸を呼び寄せたのでございますか? このような――無駄に大きなだけの船を」
日本丸。
その全長はおよそ100パッススであり、先に遭遇したヴェステンラントの巨大船に勝るとも劣らない規模の軍船である。
「確かに、この船は我の好むものではない。我が父が酔狂に遺したものであるな」
建造したのは晴虎の父であって、晴虎は寧ろこのようの虚飾を嫌う。実際、朔が言うようにこの船は無駄に大きいだけであって、大した戦闘能力はない。
精々、その巨体から耐久力が高いくらいである。
「では、何故に……」
「これほどの大兵を率いるのだ。我の軍船は小さ過ぎる。少しは見栄を張らねば、将も兵も奮い立たまい」
「なるほど……」
いつも晴虎が使っている旗艦は、大きさとしては他の安宅船とほとんど変わらないものであり、確かに目立たない。
そしてある程度は虚飾を張っても総大将の威厳を示すべきだと、晴虎は判断したのである。
軍神と呼ばれる彼も、これだけの大軍勢を率いるのには苦心していた。
「それに……」
晴虎には別の狙いもある。
「? 何でございましょうか?」
「いや、気にするでない。兵を進めよ」
だがそれを他人に打ち明けることはなかった。
「承知致しました」
大八洲艦隊は、ゆっくりと前進を始めた。
〇
一方その頃、伊達家の大将船にて。
「何なのだ、あの船は……」
晴政ですら、晴虎の日本丸には度肝を抜かれた。この船の前には晴政の船などまるで埃のようである。
「もしかして、俺達の噂を聞きつけたんじゃ……」
「であれば、とうの昔に俺の首は飛んでいる。だが勘づかれたというのは、あり得ん話でもないな」
「どういうことだ?」
「俺達の密談を聞きつけた訳ではないが、あの軍神が謀反の匂いを嗅ぎつけたということだ」
伊達の家臣団があんなろくでもない会話をしていたのを直接聞かれた訳ではあるまい。ただ晴政が抱く野望の匂いを、晴虎は嗅ぎつけたのだ。
〇
ACU2311 11/8 テラ・アウストラリス近海
大八洲、ヴェステンラントはこの海戦に総力を投じている。この戦いに勝利した者がこの戦争を制するだろう。
合計六百隻を超える軍船がテラ・アウストラリスの北部に集結した。お互いに船が地平線を埋めつくしているように見えるだろう。
もっとも、その多くは民間の貿易船や商戦を徴発したものであり、かなり雑多な印象である。
「奴ら、またもや大船を持ってきてようだな」
晴政はまず、敵艦隊の中央に浮かぶ巨大船に目をつけた。
「前に沈めたんじゃなかったの?」
「ああ。沈めたな。まあ恐らく、ヴェステンラントには何隻か大船があるのだろう」
「あんなのが何隻もねえ……」
「だが、奴らが一隻ずつしか出してこないところから見るに、そう多くはない。精々五隻程度なものだろう。全て沈めればよい」
大船――ヴァルトルート級魔導戦闘艦が何十とあるのなら、それらを一気に投入し、大八洲艦隊を叩き潰せばいい話。
それをしてこないということは、あの大船は極限られた数しか存在しないということだ。
「ま、あの夜叉羅刹が同じ手にかかる訳もあるまい。我らを脅かせるとは思えぬな」
「晴政様、油断はいけません」
「固いことを言うな、源十郎。それに、我らは我らの戦をするまで。晴虎がどうこうなどは構わぬ」
「それでこそ晴政様です」
例え本隊が負けようと伊達家は伊達家の戦を続けるまで。それは晴政の生き様でもある。
「晴政様! 晴虎様より、前へ出よとのご命令です!」
その時、ついに晴虎が全面攻勢の命令を全軍に達した。
「ようやくか。今は目の前の奴らを叩き潰すぞ。皆の者、進め!」
「「「おう!」」」
そして伊達家の艦隊は、他の大名に先んじて攻撃を始める。 敵の弩砲の射程の更に奥まで、まずは全速力で前進した。
ヴェステンラントの弩砲は貫徹力こそ一級品だが、破壊力は非常に低い。伊達家の船団は大した犠牲も出さずに肉薄出来た。
「矢を放て! 奴らに一切の暇をくれてやるな!」
軍船を横に揃え、その甲板上に弓兵を並べ、ヴェステンラントの船団に向かって無数の矢を射掛ける。
大八洲の弓の方がヴェステンラントの弩より射程が長く、一方的な攻撃を仕掛けられる。
ヴェステンラントのガレオン船には矢が次々と突き刺さり、痛々しい姿となった。
「上杉の様子はどうだ?」
「例の鉄甲船を先鋒とし、敵の船を次々沈めているようです」
甲鉄船鉄甲船はヴェステンラントの弩砲すら防ぎ、搭載した大筒の威力は絶大である。砲弾は敵船に命中するや爆発し、あっという間に海の底に沈めている。
鉄甲船を十隻程度しか用意がない訳だが、それでもヴェステンラントの百隻を余裕で相手取っていた。
「我らも後れを取る訳にはいかん! 桐、敵を沈めてこい!」
「もちろんよ。飛鳥隊、出る!」
ただでさえ黒い伊達家の甲冑に、漆黒な翼。彼女らの姿は味方から見ても恐ろしいものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます