第二十五章 ヴェステンラントの反撃
作戦前夜
ACU2311 11/3 日出嶋
熱帯であるこの地域は、一年中同じような気候――すなわち高温多湿である。ゲルマニア軍のように雪に阻まれることはなく、季節に関係なく戦争を行うことは可能だ。
大八洲軍は黑尊国の解放に初まり、ヴェステンラント軍の拠点を次々と陥落させてきた。
そして先月にはついにテラ・アウストラリス以外の全てのヴェステンラント勢力を東亞より駆逐し、ついにその大陸へ攻め込もうとしていた。
晴虎の強行軍に着いてこられたのは一部の大大名のみであったが、今や中小の大名も合流し、総計十二万の大軍、三百の軍船を整え、テラ・アウストラリスへの上陸作戦を行わんとしている。
「晴虎様、いよいよでございますね」
上杉家の軍事力を総括する左侍大将、長尾左大將朔は言う。
「で、あるな。大南大陸さえ落とせば、ヴェステンラントは最早、東亞に触れることすら叶わなくなるであろう」
「はい。晴虎様の軍略をもってすれば、ヴェステンラントの軍勢など容易く蹴散らせましょう」
「我はただ、毘沙門天の御心に従うまで」
この大戦が始まって以来、局所的に一部の部隊が敗退することはあっても、大局的に敗北を喫したことはただの一度もない。
兵さえ整えれば負けなど万が一にもあり得ないと、どんな大名でも多かれ少なかれ認識していた。
〇
同刻。武田家の本陣にて。
「御館様! また、血が……」
「構わぬ。武田の当主が、この程度で退けるものか」
武田樂浪守信晴は長きに渡って病を患っていた。いつも咳をしており、そして稀に血を吐くことも。
病は日に日に悪化し、軍議の席でも咳をする度に家臣が心配して、論議が中断されていた。
「儂に気などかけず、軍議を進めよ」
「……はっ。当家は兵の用意を整え終わりました。当家の動かせるものの大半である二万の兵、そして五十の軍船は、いつでも戦に出られます」
「うむ、それでよい。流石は父祖より受け継ぎし武田の奉行であるな。今日は宴の品を使うことを許す」
本国から持ってきた嗜好品の数々のことである。主に酒。
「はっ。皆も喜びましょう」
「して、他家の様子はどうだ?」
「三日後の出陣に備え、上杉は無論のこと、多くの大名が支度を整えております。しかし北條、毛利は少々手間取っているようです」
「あやつらならば、戦に遅れることはあるまい。それよりも、伊達はどうしておる?」
「伊達家……ですか? 伊達家も我ら同様、戦支度を整えております。兵は一万ばかりかと。それが、どうかなされたのですか?」
「奴らは何をしでかすか分からぬ故、ゆめゆめ目を離すな」
「はっ……」
信晴には、伊達陸奥守の持つ強かな野望が見えていた。人前では取り繕っていようと、歴戦の智将の目は誤魔化せない。
〇
一方その頃、当の伊達家の本陣では、伊達陸奥守晴政を中心として、十名ばかりの重臣がこぢんまりと談笑をしていた。
「しかし暑いな、源十郎」
隻眼の大名は、彼の腹心に愚痴る。
「もう十一月だというのに、どうして奥羽の真夏より暑いのだ」
「晴政様、ここは赤道と申しまして、年がら年中このような暑さをしております」
「――それくらい知っておるわ。その覚悟もしてきたが……いざこの暑さを味わうと、音を上げずにはいられん」
「だったら、鬼道でここら辺を涼しくする?」
伊達家の飛鳥隊を率いる・鬼庭七赤桐は言う。彼女の鬼道をもってすれば、この部屋をキンキンに冷やすこととて容易い。
が、晴政の反応は思いの外厳しいものであった。
「ならん! それはならん、桐」
「な、何よ……」
「一万の兵が苦しんでおるというのに、我らだけが楽をするなど出来ん」
全軍が収まるほどの快適な部屋を作っていたら、鬼石をたちまち使い切ってしまうだろう。
「いいこと言うじゃねえか、兄者! 暑さくらい気合いで乗り切ってやろうぜ!」
「おうよ! 伊達の者がこの程度のことには屈せん!」
「さっきは屈してたくせに……」
無駄に盛り上がっている大名兄弟を、桐は冷やかな目で見つめるのであった。
「ところで、例の船はもう用意出来ておるか?」
「はい、晴政様。九鬼家から大筒を買い求め、用意は整っております」
晴政は大砲を積んだ軍船を暫く前から用意させていた。上杉家の擁する鉄甲船に似たものであるが、装甲はない。
「そんなの、上杉に任せておけばいいじゃない」
「確かに、ヴェステンラントの奴らと戦うのなら、一隻や二隻増えようと変わらんだろうな。甲鉄もない訳であるし」
「じゃあ、何の為に?」
「決まっておろう。その時が来れば晴虎の船を撃つ為よ。いくら高天巫女とて、大筒の玉は止められまい」
つまるところは戦場で晴虎の暗殺を企んでいるのである。
「なっ……馬鹿なことを言うのもいい加減にしなさい! 大体、こんな大軍の中で謀反なんて起こしたら、あっという間に捻り潰されるわよ」
「いや、逆だ、桐。これほどの大軍であるからこそ、晴虎とて扱いきれまい。必ず兵は乱れる。その隙を突くのだ」
「なるほど……って、何やる気出してんのよ!」
「まあ、本気でやろうとしている訳ではない。あくまで、奴を撃てる隙が出来たらの話だ」
晴政も半分冗談で言っている。そう、冗談なのは半分だけだ。
「あっそう……その時は上杉家につくから、よろしく」
「その時は、望むところだ」
一体どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、晴政にすらよく分かっていなかった。
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