頓挫
ACU2311 10/26 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国民 帝都ブルグンテン 総統官邸
最前線で指揮を執る必要は最早ないと判断したローゼンベルク司令官は、空を飛ぶシグルズに運ばれて、全速力で帝都に戻ってきた。
即座にダキアを降伏させることに失敗した今、総統官邸で今後の国家戦略を策定する必要がある。
「では、東部戦線は完全に膠着したということでよいのだな?」
ヒンケル総統はローゼンベルク司令官に再度確認する。
「はい。東部方面軍は敵の根拠地を陥落させましたが、敵は一切降伏の意を示さず、抵抗を続けております」
「なるほど。しかし気になるのだが、今のダキア軍の根拠地は一体どこなのだ? いかなる国家とて、首都は必要なはずだ」
特にダキアのような悲惨な状態であれば尚更、確固たる根拠地は必要である。
「それが……全く不明であります。ピョートル大公らは消えたとしか、表現のしようがありません」
「探し出せんのか?」
「我が軍にそれほどの余裕はありません。魔導反応を探る方法も、絶望的なようです」
ゲルマニア軍はオブラン・オシュに至る街道沿いのほんの僅かな面積しか支配出来ていない。それも維持するのが手一杯であり、偵察を行っている余裕すらないのである。
「……分かった。では現占領地の維持は可能か?」
「それは……少なくとも、敵に積極的に拠点を奪われるということは考えられません。我が軍の防御能力は、ダキア軍の追随を許しません」
これだけは自信を持って言える。ダキア軍がいかなる大軍を擁して反撃に出ようとも、城塞都市に籠城すれば必ずや撃退出来るだろう。
決して大言壮語ではないことは、東部方面軍の誰もが合意するところ。
「では、他の要因で負けると?」
「――はい。恐らく、我々にとって最大の敵は、ダキアの広大な領土、そして雪です」
「ふむ」
「まずオブラン・オシュまで補給路を維持することが難しく、厳冬によって運ぶべき物資が増えることで、更に補給は厳しくなります」
「薪やらなんやらを運ばねばならない、ということか」
「はい。会戦に勝利し、かつ敵が降伏しないという事態は想定しておりませんでしたので、冬への備えは不十分です。これは私の落ち度ですが……」
「そんなことまで想定出来る者はいないが……確かにそれは問題だな」
ただでさえ補給線は限界まで伸びきっているのに、そこに冬用の物資が拍車をかける。冬に慣れていないゲルマニア人にとっては重大な問題である。
「薪や石炭などを現地人から入手するのは不可能か?」
「暫くはそれで持つかもしれませんが、すくに不足するでしょう。ダキアの都市は全体的に規模が小さく、キーイですらその人口は40万程度なのです……」
現地人から徴発しようにも、そもそも取れるものがない。やはり兵を維持する為の物資は本国から輸送するしかないのである。
しかし補給線を維持出来るかは定かではなく、状況は極めて悪いと言わざるを得ない。
「ああー、ちょっといいかな?」
その時、場違いな魔女の格好をした女性が声を上げた。ライラ所長である。
「何だ?」
「第一造兵廠より、悪いお知らせがあります」
「……何だ、急に畏まって」
ちなみにヒンケル総統とライラ所長はその地位において同列ということになっている。
「えー、第一造兵廠の検証の結果、これ以上寒くなると戦車も装甲車も動かなくなることが判明しました」
第一造兵廠から派遣されていた所員の報告のことである。
ライラ所長は眠たそうに言ったが、東部方面軍の者達には寝耳に水であった。そんなことは聞いていない。
「どういうことでしょうか、ライラ所長?」
ローゼンベルク司令官は問う。
「いやー、それがさ、予想より不凍液の性能が低くて。今でもギリギリって感じだから、もう車両は動かない」
戦車も装甲車もエンジンの冷却は水冷であるが、その冷却水が凍りついてしまうのだ。
無論そのことも見越して凝固点が低くなるよう工夫はしてあるが、ライラ所長の知見をもってしても、ダキアの冬には勝てなかった。
因みにシグルズはより性能の高い不凍液の製法を知ってはいるが、帝国に大規模な化学工場はなく、量産は不可能である。
「……それはいつ頃分かったことで?」
「一昨日かな。冷却水がそろそろ凍結しそうって報告が入った。来月にはうごかなくなるだろうね」
「では東部方面軍は機甲部隊を失ったということですか?」
「そうなるね……もちろん榴弾砲や機関銃には問題なく使えるから、暫くは取り外して何とかしてもらうしかないかな」
戦車に搭載された榴弾砲は最新鋭のものではある。城壁に設置すれば十分に使えるだろう。
だが持ち運びには絶望的だ。人の手で運び使えるような代物ではない。
「つまりは、攻勢を仕掛けることはほぼ不可能になったということか」
「まあ……そうだね」
戦車、装甲車なくして、ゲルマニアから攻撃することはほぼ不可能である。
補給が貧弱であること、車両が動かないこと、この2つの理由でゲルマニア軍は完全に動けなくなってしまった。
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