雪
ACU2311 10/21 ダキア大公国 オブラン・オシュ
オブラン・オシュの包囲を始めて1週間ほど。ダキア軍、ゲルマニア軍共に一切の動きはなかった。その間城壁には白旗が掲げられ続けている。
「ヴェロニカ、城内の魔導反応は?」
「それが……一切、何も探知出来ません。敵は暖を取るための魔法すら使っていないようです」
「なるほど。我々をおびき出すための罠か、或いは本当に降伏したいだけなのか……」
ローゼンベルク司令官は頭を抱えていた。敵を信じて市内に入ったら襲撃を受けた、という事態だけは絶対に避けたい。
しかしそれを恐れていては何も出来ないのもまた事実。こちらから先に手を出したくもない以上、完全に手詰まりであった。
「では閣下、僕が見てきましょうか?」
シグルズは意を決して申し出た。
「見てくる――とは?」
「僕ならば、例え奇襲を受けたとしても殺されることはありません。僕が直接城内に入り、敵の様子を探ってきます」
「師団長がやる仕事ではないと思うが……」
「実際にやったこともありますし、心配には及びません」
メレンでクレムリを落とす時、シグルズは自ら交渉役として臨んだ。今更恐れることはない。
「では、頼む」
「はっ」
シグルズは粉雪の中、オブラン・オシュへ飛んだ。今回は一人っきりである。
〇
「さあさあどうぞ、こちらに座ってください」
「ウォッカを用意しております」
「暖炉に火をつけますので、少々お待ちを」
「え、ええ……」
シグルズを出迎えたのは、本物の熱烈な歓迎であった。シグルズは嫌な顔一つされずに中央の城に招かれ、まるで国王のようなもてなしを受けていた。
メイドのように働いているのが皆むさい兵士だというのはなかなか面白いが。
シグルズが席に案内されると、向かいの席に少し立派な軍服を着た兵士がやって来た。
「私はここの守備隊の司令官の、コヴロヴォ男爵ヴィクトルです。そちらはハーケンブルク城伯シグルズ様で間違いありませんね?」
「ああ。間違いない。それで……これは一体どういうことだ?」
「はい。我々に敵意はありません。一週間も白旗を掲げているのに、どうして信用してくださらないのですか?」
「そ、そうか……」
彼らはただ早く平和を取り戻したいだけであったのだ。
「じゃあ、これからゲルマニア軍が入るが、それでいいか?」
「はい。我々は既に武装を解除し、城門を開けて待っています」
「城門は開いてなかったが?」
「ああ、鍵を、です」
「そ、そうか……」
そうしてゲルマニア軍は何事もなくオブラン・オシュに入り、全く問題なく現地部隊との講和を結んだ。
○
「つまるところ、我々は居もしない敵に怯えて一週間を無駄にしたということか……」
師団長達の前でローゼンベルク司令官が語ったその言葉が全てであった。今回の包囲は完全に時間の無駄であった。
「しかし、ピョートル大公はいないんですね」
オステルマン師団長は躊躇なく言った。ローゼンベルク司令官はその瞬間一気に表情を暗くした。
「ああ……そうだな……」
「何と言うか、何もなかったですね」
「そう、だな……」
どうしてゲルマニア軍がここに攻め込んだのか。それはこの戦争を終わらせる為である。ここにピョートル大公と国家の首脳部がいて、それを捕らえればこの戦争は終わるはずであった。
だがここにはピョートルどころか高位の貴族すらおらず、男爵が最高司令官という始末。この城塞にはまさしく何もないのである。
「さて……どうしようか、諸君?」
ローゼンベルク司令官は何に期待するでもなく師団長達に問いかけた。聞かれた側も、誰も真面目に頭を働かせていなかった。
「我々の作戦は完全に失敗した。3つ目の首都を落とされようと、ピョートル大公が降伏することはなかった。それに、ここに来るために物資はおおよそ使い果たし、更に東へと侵攻することは不可能だ」
更に東に侵攻しようとするのなら、また一から準備をやり直さなければならない。メレンよりも更に本国から離れたここで、だ。
「それに、東といってもどこを落とせばいいのかすら分からん」
ここまでの総力戦をゲルマニア軍は経験したことはないし、参謀本部は想定したことすらない。故にどのように戦争を終わらせるかの目途はまるで立っていないのだ。
「と、とにかく、まずはオブラン・オシュの守りを固めましょう。今度も僕が線路を作りますから」
それが唯一出来ることであるし、それ以外に出来ることもない。
「そうだな。シグルズ、今度も頼む」
「はっ。お任せ下さい」
「司令官閣下、それに師団長諸君、外を見てみてくれ!」
ふらっと席を立ったオステルマン師団長が、師団長達に呼びかけた。
「外? 何だ急に……」
そこでローゼンベルク司令官は見たくもないものを見る羽目になった。まあいずれこうなるとは分かっていたことだが。
「雪、か……ついに冬将軍とやらが来たのだな……」
窓の外は、白だった。窓から見えるものは、降りつける雪のみ。都市がそこにあったのかどうかすら分からなくなるほどの雪だ。
「まあ、今日はこの季節にしては雪が降っている方です。ですが更に寒くなれば、このくらいの雪は毎日のように降り積もるでしょうね」
「分かってはいたんだがなあ……」
それはゲルマニア軍をして攻勢を放棄させるに十分であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます