ヴェステンラントとの交渉

 ACU2311 10/16 大突厥國


 ゲルマニア軍がありもしない罠に怯えて時間を浪費する間に、ピョートル大公とその一行は大突厥に到着した。


 その都の様子はダキアのそれとは全く違い、東方と西方の建築物が雑多に混じった、整備という概念を捨てたような暗い街であった。


 ピョートル大公は早速、大突厥の可汗の居城に向かった。だが交渉をする相手は大突厥ではない。ヴェステンラントである。


「誰もいないようですね……」


 親衛隊長アレクセイは無人の部屋に警戒した。だがピョートル大公は気にしていない様子。


「どうせまた、女王陛下の酔狂だろう」

「と、言いますと……っ!?」


 その瞬間、アレクセイの肩を誰かが掴んだ。アレクセイは反射的に飛び退き、剣を抜いた。貴族とは思えない身軽な身のこなしである。


 そこには黒とも紫とも取れる外套で全身を覆った少女が立っていた。


「お、お前は……」

「ふむ……誰だと思う?」


 少女は挑発するようにアレクセイに尋ねる。


「誰であろうと殿下に危害を加えようとした賊であることは確か! ここで討ち果たさせてもらう!」


 アレクセイは少女に斬りかかろうとした。が、今度はピョートル大公がアレクセイの肩を掴んで静止した。


「で、殿下、何を……」

「落ち着け、ホルムガルド公。そこにいらっしゃる方こそ、ヴェステンラント合州国の女王陛下だ」

「え? ほ、本当に……?」

「うむ。余こそが、合州国女王のニナである」


 少女は誇らしげに言った。どうやら本当らしいと察したアレクセイは、即座に少女に跪いた。


「ご無礼を致しましたこと、申し訳もございません、陛下」

「やめろやめろ、そういうのは気持ち悪い」

「で、ですが……」

「立て。そしてそこら辺に座れ」

「――はっ」


 アレクセイとピョートル大公は、用意されていた立派な椅子に行儀よく座った。一方のニナは、椅子の背もたれに座って座面に足を乗せた。


 そうして会談は始まったのである。


「しかし、陛下はいつからそこに?」


 魔法で姿を消せることは知っているが、ピョートル大公は一応尋ねてみた。


「お前達がここに来た時からずっと見張っていた。魔法を持たないお前達に何かあったら、我らとしても困るからな」

「そ、そんなことが……」

「それは杞憂でしたね、陛下」

「うん?」

「私も、ここに丸腰で何もせずに乗り込めるほど肝は据わっておりません。ので、万が一の際には飛行魔導士隊が即座に駆けつけるように用意をしていました」

「で、殿下……」


 最近飛行魔道士隊にはロクな仕事を与えられていない。ピョートル大公は寧ろ何かが起こることに期待すらしていた訳だが、今のところ平和そのものである。


「なるほど、面白い。――さて、ではお前達の望みを聞こう」

「はっ。我々は既にダキア国内の拠点を落とされ、国内での抵抗が難しい状態です。よって、陛下には、大突厥國で我々が活動出来るよう、手を打って頂きたい」


 ピョートル大公は何も包み隠さなかった。その潔い態度にはニナも感心したようである。


「なるほど。だが、何故に余にそれを頼む? ここの可汗にでも頼めばいいだろう」

「大突厥とダキアは長年対立しており、そのようなことは頼めません。しかし可汗を下した陛下ならば、奴に命じることも出来るでしょう」

「ふん、そうだな。今や大突厥は余の駒だ。余が命じれば可汗はお前達に協力を惜しまないだろう」


 そんなことは分かっている。ピョートル大公が話したいのはそんなことではない。


「ええ。では対価に、陛下は我々に何を望まれますか?」

「対価か……ふむ、特に何も考えてはいないな」

「まさか、タダで我々に手を貸してくれると?」


 前回はどちらかと言うと支援を押し付けられた訳で、対価を要求されないのは不思議ではなかった。


 だが今回はこちらから頼み込むのである。法外な対価を求められても文句は言えない。


「そうだな、それもよかろう」

「なっ……」

「我々としてもダキアが戦線から離脱するのは好まない。よって、お前達には今度とも戦い続けてもらおう。その為の支援なら惜しまん」

「それは、ヴェステンラント女王としてのお言葉で?」


 アレクセイは訝しみながらも尋ねた。彼女はヴェステンラントの最高指導者であるから、その口約束は条約に等しい。


「ああ。お前達に対価など求めん。どうせ大した物も払えないだろう。が、そうだな……」

「何か……?」

「強いて言うのならば、お前達は血を流せ。我々は鉄をいくらでもくれてやる。だからお前達は血を流し、ゲルマニアと戦え」


 武器はくれてやるから国民全員死ぬまで戦えという、血も涙もない言葉である。


「それは元よりダキア人のすべきこと。今更躊躇いはしません」

「殿下……」

「ふはは、面白い。ではそうしよう。我々は鉄と血の同盟だ。ほら?」


 ニナは手を差し出した。ピョートル大公は少し屈みながらその手を取って、全く暖かくない握手を交わした。


「これで終わりだ。私は帰る」

「ここまでご足労頂き、ありがたき幸せです」


 瞬きをすると、そこにニナの姿はなかった。


「これが、女王陛下ですか……」

「人の命を捨て駒のようにしか扱わないお人だが、話の分かるお人でもある。私としてはいい交渉相手だ」

「そういうものでしょうか……」


 かくして、ダキア大公国の首脳部は大突厥國に亡命したのであった。

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