プジャロヴォ会戦Ⅲ

「敵が接近しています!」

「300パッススまで接近!」

「ああ。撃て!」


 機関銃の射程と比べればかなり内側まで引き付けての斉射。戦車、装甲車の合わせて120丁ばかりの機関銃が火を噴き、また100人ばかりの兵士が小銃で応戦する。


 ギリギリまで敵を引き付けただけあって効果は高い。10発も当てれば魔導装甲は砕け、また騎兵は少し傷を付けただけで容易に戦闘能力を失う。


「敵魔導騎兵、残りおよそ200!」

「敵が撤退していきます!」

「追撃の必要はない。このまま全速で敵の頭を目指す」

「はっ」


 お互いの騎兵同士が衝突したという恰好であったが、ゲルマニアの騎兵はダキアの騎兵を圧倒した。騎兵を失った部隊がどうなるかは、古代より変わらない。たちまち背後に回り込まれ、敗北を喫するのみ。


 が、ダキア軍も考えなしに騎兵を突撃させた訳でもないようだ。


「シグルズ様! 前方より新手の魔導反応!」

「何だって?」

「新手の騎兵です。数は今回もおおよそ千です!」


 ヴェロニカは更なる敵が接近してくるのを探知した。


「奴ら、何がしたいんだ……」


 このやり方は不合理である。戦力は可能な限り一か所に集中させるべきだというのは人類の歴史が始まった日から知れていたことであり、貴重な騎兵を分割して動かすのはただ兵をいたずらに死なせるだけだ。


「ど、どうします……?」

「こっちに来るのなら迎え撃つしかない。全軍、戦闘用意!」


 榴弾で陣形を崩し、機関銃で殲滅する。同じことを繰り返し、今度の攻撃も難なく撃退した。


 そんな攻撃が4度に渡って続いた。全軍で一気に攻撃させればいいものを、1,000で4回の襲撃をしかけてきたのである。しかもその全ては壊滅的な損害を受けている。


 ダキア軍が何を考えているのか、シグルズにはまるで分からなかった。


 人間と馬の死骸が敷き詰められた道なき道を、機甲大隊は前進する。


「シグルズ様……これは変です」


 ヴェロニカは唐突に言った。


「変って……何が?」

「ダキアには、馬があまりいません」

「馬? ああ……なるほど」


 馬や牛は魔法では代えがきかなず、この世界でも、いやこの世界だからこそ、重要な資源である。場合によっては人間の命以上に。


 そしてダキアはその気候故に馬の数が少なく、本来こうして馬を浪費していい筈がないのである。


「確かに変だ……だけど……だから何かって言われると……」

「敵はそこまでしないといけないくらい、切羽詰まっているのでは?」


 普通はヴェロニカのように思うだろう。とは言え、切羽詰まっているのなら、本隊がまるで動かないのはおかしい。


「幕僚長、何か意見は?」

「いや、私にも分からん。すまない、師団長殿」

「もうお手上げだな……」


 シグルズは地球の知識を持っているだけで、天才的な軍略家ではない。その点、第88師団でもっとも戦術を知っているのはオーレンドルフ幕僚長である。


 その彼女が手を上げた以上、もう手詰まりだ。


「シグルズ様! 前方より敵騎兵です! 数は二千を超えています!」

「最初からそうすればいいのに……」

「師団長殿?」

「いや、何でもない。敵は少々本腰を入れてきたようだ。全力で迎え撃つ!」


 二千とならば機甲大隊の兵数と同じくらいである。油断は出来ない。


「全車、撃て!」


 榴弾砲の斉射。そして敵を引き付けた後に機関銃の掃射――となる筈だったが。


「シグルズ様! 右から新たな敵です!」

「何!? 何が来る?」

「騎兵です! 距離は近く――すぐそこです!」

「……二度も同じ手が通じるとでも? 後衛、反撃だ!」


 魔法を封鎖し極限まで接近し、側面から奇襲をしかける。それはもう食らった手だ。備えは出来ている。


 戦闘に参加させずに残しておいた戦車、装甲車は応戦の準備を整えていた。戦車は砲塔を右に回転させ、装甲車はそもそも横方向の敵を銃撃する方が得意だ。


 シグルズは戦況を正確に判断する為指揮装甲車の窓から身を乗り出した。が、シグルズは予想外のものを見ることになる。


「馬車……だって……?」


 古めかしい馬車が突進してきていた。魔導反応としては騎兵と同じものを示すから、勘違いしても無理はない。


「これで戦車とでも言いたいのか……」


 確かに最初の戦車は武装させた馬車ではあるが――


「師団長殿、どうする?」

「何も変わらない。迎撃しろ!」


 馬車など戦車の敵ではない。榴弾で簡単に爆砕出来る。だが思いのほか数は多く、予備隊だけで食い止めるのは難しい。


 ――防弾性能があったら面倒だな……


 中に鉄板でも仕込んであったら機関銃で応戦するのが面倒になる。


 しかし敵の目的はそうではなかった。


「師団長殿、あれを、見ろ!」


 オーレンドルフ幕僚長が珍しく焦った様子で叫んだ。


「な、何だ?」

「――あの弩砲だ」

「あれか……」


 馬車の後ろには弩砲が引かれていた。どうやら破壊力だけは戦車並みにあるらしい。


「あれを近づけるな!」

「敵が止まりました!」

「くっ……もう遅いか……」


 馬車は弩砲を前に投げ出さんばかりの勢いで停止した。その勢いで弩砲を積んだ荷台が転回し、一瞬にして数十の矢が機甲大隊を向いた。


 とんだ操縦技術である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る