プジャロヴォ会戦Ⅳ

「マズいぞ! 全軍、あれを壊せ!」


 一瞬だけ感心したものの、そんな余裕はない。戦車も装甲車も側面を晒している。あの弩砲が矢を放てば、確実に撃破されてしまうだろう。


 シグルズの号令で大隊は攻撃を始めた。榴弾は弩砲を荷車ごと吹き飛ばすが、機関銃弾では効果は薄い。


「小癪な……防弾を考えてるだと……」


 弩砲は鉄で覆われており、最低限の防弾性能を持っていた。実にうざったい。


 ゲルマニア軍は次々と弩砲を破壊していくが、その間に敵は弩砲の照準を合わせていく。この砲火に晒されながらも冷静に照準を定める胆力は見事だ。


 などと賞賛している場合ではない。


「不本意だが……僕も出るか」


 シグルズは対物狙撃銃を作り出し、指揮装甲車の窓から銃口を出した。そして迷いなく狙撃を開始する。


 いくら防弾性能があると言っても、戦車を撃破することも出来る対物狙撃銃の前には無力だ。


 しかし、その時だった。


「撃ったか!」


 番えられていた大きな矢が消えた。


「25号車、18号車が大破炎上!」

「クッ……とっととあれを破壊しろ!」


 力技で戦車隊に損害を与えたダキア軍。だが既に余力は残っていなかった。ほとんどの馬車は破壊され、僅かに残った弩砲が決死の攻撃を仕掛けただけだったのだ。


 その残存兵力は、榴弾砲の前にあっさりと消え去った。


「師団長殿、これはなかなか面倒なことになりそうだな」


 オーレンドルフ幕僚長は言った。


「え? ど、どういうことです?」

「この馬車が、戦車に対抗しうる兵器になるかもしれないということだね」


 シグルズもオーレンドルフ幕僚長に同感だった。


 今はまだ防御力が低く、奇襲を仕掛けて僅かな損害を与えるくらいの力しかない。だがこの馬車が十分な防御力を手に入れれば、それはもう戦車である。


「戦争は技術を急速に進歩させるが……まさかここまでとはな……」


 戦争は間違いなく人類の技術を最速で進化させる手段である。が、それにしても、この短時間で対戦車戦術を生み出すのは驚きとしか言いようがない。


「もっとも、我々の戦車に匹敵する防御力を獲得するのは、まだ先になるだろうがな」

「どうしてそう思う?」


 シグルズにはオーレンドルフ幕僚長がいささか楽観的であるように聞こえた。


「弩砲は戦車を撃破する為に作られたものではない。本来軍船に載せているものを地上で運用しているだけだ。だから敵はすぐ実戦に投入出来た」


 弩砲は新たに開発された兵器ではない。それどころか100年以上前から船に搭載されている兵器である。


「だが、防御の為に転用出来る兵器は存在しない。ヴェステンラント軍にもだ。だから、そんな兵器が完成する頃には戦争は終わっているだろう」

「今はまだ心配することはない、か」


 将来の戦争でそのような兵器が投入される可能性はある。だが、今の戦争の勝算すら立っていない状況で未来の戦争のことを考えるなど、愚か者というものだ。


「よし。では全軍、敵の背後に回り込むぞ!」


 抵抗する者は全て排除した。残るは敵の本陣を叩くのみである。


 〇


 一方その頃、シグルズが目指す本陣にて。


「殿下、我々の作戦は全て失敗しました。ゲルマニアの戦車は、まもなくここに来るでしょう」


 親衛隊長ホルムガルド公アレクセイは、若きピョートル大公にそう報告した。


「そうか……まあ分かっていたことだ。我々が隠していた弩砲が破壊された時点で、勝算はほとんどなかったからな」

「――では、直ちに主力部隊を後退させ、ここを守らせます」

「いや、ならん。それでは勝てない」

「し、しかし……それではどうされるのですか?」

「ゲルマニアとて、いや、ゲルマニアだからこそ、司令部は必要だ。今からそれを叩く」

「承知しました。それでは殿下もご移動の準備を――」

「私は動かん。ここで戦車を待ち受ける」

「そ、それでは殿下の身が危険です! いくら戦車への対策をしたとは言え……」


 ダキアの本陣は主力の歩兵部隊から少し離れた後方に位置し、柵と掘で周囲を囲った割と強固な陣地となっている。


「君は親衛隊長で、親衛隊の役目はわたしを守ることだ。そうだな?」

「そうではありますが……承知しました。殿下の命じられるままに」


 〇


 再び第88師団に戻る。


「敵が動き出しましたっ!」

「何? どう動いている?」

「敵の主力部隊が全軍、突撃を始めたようです!」

「そう来たか……」


 ついに敵の魚鱗の陣が動き出した。目標はそれと向かい合うゲルマニアの歩兵部隊。正面からぶつかれば、分はかなり悪い。


 ゲルマニア軍は塹壕も柵も築いていないのである。


「このままだとローゼンベルク司令官閣下がやられるぞ?」

「分かっている。……だったらこっちはピョートル大公を叩くまでだ! 全軍、全速力で前進せよ! 一刻も早くピョートル大公を叩け!」


 お互いに防御を捨てた殴り合い。この戦いはそう評するのが最も正確だろう。


 ダキア軍はピョートル大公の守りを防りを放棄して全軍でゲルマニア軍本隊に突撃し、ゲルマニア軍もその守りを放棄して、ピョートル大公の本陣に突撃した。

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