自ら戦う力

 ACU2311 8/26 ルシタニア王国 マジュリート練兵場


 この世界にはまだまだ人の手が入っていない場所が多い。ルテティアに次いでルシタニア第二の都市であるマジュリートだが、都市部から少し離れると街道以外の人工物はほとんどない。


 つまるところだだっ広い荒野である。


 そんな荒野を人間の数倍の高さのある鉄の馬車が走っていた。凄まじい走行音がマジュリートにも響く。土煙が舞い上がり、視界は悪い。


「よし。全軍、整列!」


 空を飛んで戦車の群れを俯瞰しながら、シグルズは魔導通信機で50両の戦車に指示を出した。


 すると戦車たちは速度を落とし、閲兵式を行うかのように向きを揃えて整列し、静止した。そしてハッチを開け、車内から兵士たちが出てくる。それらは中世の軽装砲兵のような薄い服を着ており、しかもその服装すら統一されていなかった。


「よし……ルシタニアの諸君、いい調子だ! もう僕たちの助けも要らないだろう!」


 シグルズは空から声を全力で張り上げて訓示をした。


 戦車を操縦していたのはルシタニア兵である。ルシタニア軍の中から精鋭部隊を選りすぐり、ここ一カ月、訓練を行っていたのだ。


「それでは、本日の訓練は終わりとする。解散!」


 蒸気機関車を見たことすらない者が大半のルシタニア兵ではあるが、戦車への順応はなかなか早かった。既に自らの手足の様に戦車を使いこなし、シグルズが命じたとおりの陣形を自在に作る。


 正直言って碌に訓練もしていない親衛隊と比べればこちらの方が練度は高いだろう。実戦を経験したことがないというのはいささか不安ではあるが。


 兵士たちは解散し、今日の訓練は終了した。


「これで、我が軍は使い物になると思うか?」


 訓練の視察に来ていたルシタニア国王はごく自然にシグルズに尋ねた。


「はい。既に兵士たちの実力はゲルマニア軍の戦車隊にも迫るものです。十分に実戦でも戦えるかと」

「本当か……それはよかった……」


 国王は心から安心したように息を吐いた。


 まあ実のところ、シグルズの第18師団も大した訓練を積んでいないから相対的に練度が高く見えるだけではあるのだが。


 しかし相手に戦車がいる訳でもない。この世界においては操縦するのに最低限の技術があれば十分なのだ。


「しかし、戦車は騎兵のようなものなのだろう? 乗馬戦闘など騎士が3年は訓練しないと使い物にならないが……」

「確かに、会戦においては戦車は騎兵のような役割を果たします。しかし、ゲルマニアは個人の技量に頼った戦争などしません」


 これはゲルマニア軍――というか造兵廠の変人たちの信念である。誰でも簡単に扱えて、個人の実力などに関係なく威力を発揮する兵器。それを量産することでゲルマニア軍は兵士を均質化してきた。


「そうなのか……まあ上手くいってるのならそれでいいのだ」

「はい。その点については僕が保証します」


 兵士の質については問題ない。だが問題はそこではない。


「しかし問題は、実戦を経験した指揮官がいないことです。まあゲルマニア軍でもほとんどいないのですが……」

「なるほど」

「アルタシャタ将軍は頼りになる方ではありますが……やはり実戦を経てみなければ分からないものもあります」


 ちなみにこの戦車部隊を実際に指揮する予定なのはアルタシャタ将軍である。あくまで外国人の彼にここまで強大な力を与えていいのかは疑問だが。


「そうだな……だが今のところ戦車を使うべき戦場もないからな……」


 戦車の数は少なく、ここぞという時に投入しなければならない。しかし現状両軍はルシタニア各地で小競り合いを繰り広げており、戦車を投入するような大規模な戦闘は起こっていない。


 故に戦車を投入する機会がなく、アルタシャタ将軍に実際に指揮を執ってもらうことが出来ないのである。


「図上演習では将軍は戦車の扱いをよく心得ています。ですので実戦でも十分に部隊を扱えるかと思いますが……」

「なるほど。最悪の場合は君がいない状態で初実戦を迎えることになるという訳か」

「そうなるかもしれません」


 最悪の場合は実戦を経験していない人間だけでルシタニアの命運を消える決戦を挑むことになるかもしれない。


「まあ仕方ない。その時はその時だ。今は我々に出来る最善を尽くすまでのこと」


 そして時は流れ、運命のいたずらか、シグルズの恐れる事態となった。


 ついに会戦というものが起こらなかったのである。というのも、ルシタニア軍による補給路襲撃があまりにも上手くいき過ぎたが故にヴェステンラント軍が準備を整えられなかったのだ。


 ○


 ACU2311 9/19 ルシタニア王国 マジュリート


「それでは、本日を以て我が軍は撤収します」

「もう少し残ってはくれまいか……」


 国王直々の願いだったが、シグルズは断らざるを得ない。


「申し訳ありません、陛下。我が国もまた、冬が来る前にダキアを屈服させねば、国力が限界を迎えてしまうのです」

「――分かってはいるのだ。一瞬でも我々に助け舟をよこしてくれただけでも感謝すべきこと。これ以上駄々をこねるのはよそう」

「はっ」


 ルシタニア王国に戦う力は授けた。そしてダキアを滅ぼす為、シグルズは飛んだ。

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