侵攻開始

 ACU2311 9/21 ダキア大公国 メレン ゲルマニア軍前線司令部


 シグルズは南ルシタニアから北ルシタニアのヴェステンラント軍占領地域な上空を飛び、一直線にダキアまで飛んできた。


 ゲルマニア派遣軍については、今後数週間以内に撤退を完了させる予定である。と言うのも、ゲルマニア軍が帰ることについては、ガラティア帝国が領内の通過を許可してくれたのである。


 まあヴェステンラントとしてもゲルマニア軍にはとっとといなくなって欲しいだろうし、3カ国の利害が偶然にも一致した形である。


「久しぶりだな、シグルズ」

「お元気そうで何よりです、オステルマン師団長閣下」


 シグルズを出迎えたのはオステルマン師団長であった。彼女が最初にシグルズを取り立てて以来、2人の縁が切れる気配はない。


「早速なんだが、お前の開発した迫撃砲だったか? が、あるだろ?」

「はい。それがどうしたんです?」

「あれは使える。補給路の維持に役立ったぞ」

「それはよかったです。師団長のお役に立てたのなら、新兵器を使った甲斐があるというものです」


 シグルズが不在の間、装甲車単体での補給部隊が組織されたが、その護衛に一役買ったのが迫撃砲である。


「それと……装甲列車の方はどうでしたか?」

「どうして私に聞くんだ?」

「本人に聞いて、上手く行ってなかったら気まずいと思いまして」

「ああ、そうか。私は部下の気持ちなんぞ考えたことないが……」

「考えた方がいいと思いますが……」


 とは言えシグルズも師団長になったのはつい最近であるし、前世でもただの兵卒だ。兵を率いるのに何が最適かの見識は大して深くない。


「ま、結論から言うと、オーレンドルフの奴はよくやっている。あいつは昔から優秀だからな」


 装甲列車についても滞りなし。補給は速やかに進んでいた。


「よかった……そう言えば、オーレンドルフ幕僚長と師団長閣下は知り合いで?」

「ああ。あいつもつい最近までは師団長だったし、女で師団長をやってるのは二人だけだったからな」


 オステルマン師団長は少しだけ残念そうな声で言った。


「まあともかく、シグルズがいない間も輸送は上手く行っていた。オブラン・オシュへの攻撃も予定通りに行う」

「了解です。それと、ローゼンベルク司令官はどちらに?」

「我らが司令官閣下なら、装甲車の中だ」

「装甲車?」


 オステルマン師団長に連れられ、シグルズはその装甲車とやらに向かった。


 〇


 その装甲車は、外から見た限りは普通の装甲車と何ら変わらなかった。唯一の違いは天井にゲルマニアの国旗が掲げてあることくらいである。


 しかし中に入ってみると、シグルズは驚かされることになる。


「なるほど……指揮装甲車という訳ですか」


 中には普通の装甲車ならあるべき機関銃や、小銃で外を狙い撃つ時に使う台などがなかった。


 代わりに中央には細長い机が置かれ、奥の方には数台の魔導通信機が設置されている。また壁にはダキアの詳細な地図が貼り付けられている。


「おお、ハーケンブルク師団長、戻ってきたか」

「はい。ルシタニア戦線より戻って参りました」

「うむ。元気そうで何よりだ」


 ローゼンベルク司令官はシグルズの背中を陽気に叩いた。相変わらず距離が近い。


「あー、それで、この装甲車はどうしたんです?」

「一気呵成に攻め込むとなれば司令官もその速度について行かねばならないからな。私や師団長達の為の装甲車を何台か作っておいたのだ」

「何台か?」

「今回は5個師団で行動するから、6両用意しておいた。ただ、君は要らないかもしれんがな」

「確かに使う機会は少ないかも知れませんが、ありがたいです」


 戦闘においてはシグルズは指揮戦車に乗る。故に指揮装甲車を使うのは移動中だけになるだろう。


「ところで、侵攻の準備は整っているのですか?」

「もちろんだとも。既に戦車を90両用意し、武器弾薬、食糧も準備を整えた。後は攻め込むだけだ」

「流石は司令官閣下。それで準備を整えて、攻め込むのはいつになりますか?」

「4日後を予定している。本当は君がもう数日は遅く来る予定だったんだが、思ったより早く来たから暫くは暇になってしまうな」


 第88師団の用意はオーレンドルフ幕僚長が既に整えてくれているようだ。この数日は兵に休息を与える為のものである。


「これが正念場になるな」

「はい。流石のダキアでも、首都を3つも落とされれば降伏するでしょう」

「しかし……我々の方から攻め込んで決戦を挑むというのは初めてだな……」


 メレンを制圧したのは不意打ちによるものであって、真正面からダキア軍と衝突したことは、実は一度もない。


 正確には第一次ポドラス会戦を戦ってはいるが、あの時のダキア軍の魔法は貧弱であり、別物と考えるべきだろう。


「はい。しかし我々には戦車、装甲車があります」

「これでまた、敵の頭を叩くか」

「はい。戦争においては敵の重心をいかに崩すかが肝要。姑息な策ではありません」

「二度も同じ手にかかってくれるか……」

「いかなる軍隊でも指揮官は必要です。そしてそれは弱点となります」

「だといいが……」


 自信満々に言ったシグルズであったが、一抹の不安もあった。ブリタンニア海峡海戦でその手が通用しなかったからである。結局あれが何だったのか、ゲルマニア軍は知らない。

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