第二十四章 ダキア最後の攻勢

泥沼の半島戦争

 ACU2311 8/16 ルシタニア王国 バルチーノ ヴェステンラント軍前線司令部


 ヴェステンラント軍がルシタニアへ攻勢をかけてから早くも一カ月。結論から言うと、戦線は全く進んでいなかった。


「それで、カエサラウグスタの状況は?」

「はい、ノエル様。我が軍が2週間前に奪い返したカエサラウグスタですが、現在ゲルマニア軍の戦車部隊と交戦中であり、戦況はかなり厳しいです……」


 ゲルタは赤の魔女ノエルに報告した。


 最初の攻勢でまずは占領し、その後ゲルマニア軍に解放され、再度占領したカエサラウグスタであるが、またしてもゲルマニア軍に奪還されようとしていた。再三にわたる戦闘で、市内も市外も酷い状況らしい。


「援軍は送れないのか?」

「即座に動かせる部隊はありません。ここの守備隊なら動かせはしますが……」


 ヴェステンラント軍は相変わらず兵力を各地に分散させており、自由に動かせる兵力は少ない。


「バルチーノを奪われる訳にはいかないんだよなあ……」


 ここバルチーノは南ルシタニアの西海岸に位置する都市であり、南ルシタニアではマジュリートに次いで規模の大きな都市である。


 しかし重要なのは規模ではなく、ここがゲルマニア軍の物資を運び込む為の重要拠点であるということだ。ここを押さえたことで、ゲルマニア軍がルシタニアに武器を送るにはもっと南の港を使わざるを得なくなっているのである。


 よってここを奪い返される訳にはいかず、ヴェステンラント軍は2万の兵を常に駐屯させ、かつ市外に3重の塹壕戦を構築して万が一の事態に備えていた。


「ノエル様! 報告です!」


 いつものように伝令が駆け込んできた。


「どうした?」

「第4輸送部隊がルシタニア軍の襲撃を受け、物資の大半を奪われました!」

「またか……はあ……」


 あの勇猛果敢な赤の魔女が力なく溜息を吐いた。それくらいにはこの戦争は地獄の様相を呈していたのである。


「それと……」

「まだ何か?」

「はい。その……敵軍はダキアで確認された新兵器を用いたとの報告が……」

「おいおい嘘だろ……」


 火縄銃ですら奇襲に用いられれば脅威だったのである。それをゲルマニア軍の最新兵器でやられたらどうしようもない。


「まったく、どうすんだこれ」

「と、言われましても……」


 終わりが見えない戦争に、ヴェステンラントもルシタニアも足を突っ込んでいた。


 ○


 ACU2311 8/16 ルシタニア王国 カエサラウグスタ北部


 時は少々遡る。ヴェステンラント軍第4輸送部隊を、ルシタニア軍は補足した。


「まさか君と一緒に戦うことになろうとはな、少年」

「僕も夢にも思いませんでしたよ、アルタシャタ将軍殿」


 6年前にレモラ一揆を起こした首謀者がアルタシャタ将軍で、それを鎮圧するのに一役買ったのがシグルズである。この二人がまさか同じ戦場で味方として相まみえようとは、どちらも想像すらしていなかった。


「まあ、今は味方同士なのだ。それにここは戦場だ。昔話はほどほどにしよう」

「そうですね。話は無事に帰ってからにしましょう」


 ルシタニアに亡命したアルタシャタ将軍は、今やルシタニア軍でもほとんど最高に近い地位に立っている。ゲルマニア軍に命令する権限は持っていないのだが、指揮系統が分裂している軍のろくでもないことを知っているシグルズは、素直に彼の指揮下に入っている。


「さて、ではこの迫撃砲とやらの威力、試させてもらおうか」

「はい。既にダキア方面では実績を上げている兵器です。存分にお使いください」

「無論だ……」


 さてこの部隊だが、総勢200人ほどの小さな部隊である。10人ほどのゲルマニア人が指導役に加わっているものの、ほぼほぼルシタニア軍だけの部隊と言える。


 その任務は輸送部隊への襲撃であり、今回はシグルズが本国に要請した迫撃砲の初投入でもある。


「よし。狙いを定めて……」

「そういう感じです」


 アルタシャタ将軍自らが迫撃砲を操り、砲撃を行わんとしていた。


 そしてヴェステンラント軍は、アルタシャタ将軍の定めた襲撃地点に差し掛かった。


「総員、撃て!」


 左右から迫撃砲の斉射。20ほどの焼夷弾と榴弾が降り注ぎ、ヴェステンラント軍の荷馬車を粉々にし、また燃え上がらせた。ヴェステンラント軍は突然のことに警戒態勢に入ったが、どこから襲撃されたのか分からずに立ち竦んでいた。


「素晴らしいな、これは」

「我が軍でも珠玉の兵器ですから」

「よし。では次は兵士を狙おう。次弾装填!」


 最初の一撃で物資は燃やした。エスペラニウムは燃えないが、手で抱えて持ち運べるものではない。


「撃て!」


 そして次は魔導兵を殺しにかかる。狙いは魔導兵。一斉に榴弾の雨を降らせた。


 直撃を受けた兵士は十数パッススほど飛ばされ、家屋に打ち付けられた。


 しかしそれだけであった。少し離れれば魔導装甲に衝撃を吸収され、思ったほどの殲滅力は得られなかったのである。


「おかしいな……ダキア兵には効果的だったんですが……」

「確かに、噂に聞くほどではないようだな……」


 その日は結局、全軍で突撃してヴェステンラント軍を片付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る