ルシタニア王の苦悩
ゲルマニア軍も総出でマジュリートの後片付けを行った後、取り敢えず全軍はマジュリートに入城し、一先ずの休息を取ることとした。
そしてシグルズは図らずもルシタニア国王と会談することとなった。まあゲルマニア皇帝にもガラティアのスルタンにも謁見したことがあるのだ。そう緊張することではない。
「さて、ハーケンブルク城伯。まずは改めて礼を言いたい。我が国を救うためにわざわざ援軍を出してくれて、本当にありがとう」
「我が国とルシタニア、そしてブリタンニアは神聖同盟を結んでいます。友邦の危機に駆け付けるのは我々の義務です」
「まあそれはそうなんだが……まあいい。とにかく、皇帝陛下にはよろしく伝えておいてくれ」
「僕はそんな気楽に陛下に謁見出来ないのですが……」
「ならば、君の総統に伝えておいてくれ」
「はい。承知いたしました」
冷静に考えると、話したくなったらいつでも総統と話せるのもおかしな話ではあるが。まあそれだけヒンケル総統が開明的な人物だということだろう。
「それで、今回はどのようなご用件で僕をお呼びになったのでしょうか?」
「要件というほどでもないが、君に意見を求めたくてな」
「意見?」
「ああ。今回のマジュリートの戦いで、おおよそ10万の市民が死んだ。これはマジュリートの市民の10人に1人は死んだということになる」
「それは……陛下のお心はさぞやお苦しいでしょう……」
マジュリートはこの世界では数少ない100万人規模の都市である。だが、それにしても10万人という犠牲はあまりに大きい。既に市の経済活動は大幅に支障をきたしていた。
「それに、今回の大攻勢が始まってからの各地の死者を足す合わせれば、20万は超えるだろう。これは我が国の人口の100分の1だ」
「そこまでの犠牲が……」
シグルズも察してはいた。ゲルマニアが支援をしているとは言え、ルシタニアには武器が足りない。そもそもゲルマニアにも他国を支援していられるような余裕は多くないのだ。
結果、ルシタニアがヴェステンラントに抗う手段はただ一つ。ひたすらに命をつぎ込むことである。たとえ何の武器もない人間であっても、100人で魔導兵に襲い掛かれば数で押しつぶすことが出来る。
「つまるところ、我々は戦い続けるべきなのだろうかと、君に問いたい。少し前までは最後の一人になるまで戦う気ではいたのだが……マジュリートの惨状を見て心が揺らいでしまってな。国王としては失格なのだが……」
「そんな、陛下はルシタニア国王たるべきお方です。これまで未曾有の戦争を遂行出来たのは、陛下の賢明さが故です」
「ありがとう。それで、どう思う?」
――何という質問を……
シグルズは全く以て答えたくなかった。こんな問い、答えられる訳がない。だが答えなくてはいけない。
「そうですね…………僕の個人的な考えとしては、いかなる犠牲を出しても国家を守るべきです。国家なくしては民はありませんが、民がいなくても国家は成り立ちます」
ゲルマニアの軍人として、とにかくルシタニアを離脱させる訳にはいかない。そこで咄嗟に出てきたのがこの言葉であった。
皇室を守るために1億人が死ぬのは問題ないが、1億人を守るために皇室が途絶えるのは言語道断。そういう元の世界の理論を引っ張って来てみたまでである。
「民がいない国など、国と呼べるのか……?」
「――その、あくまでこれは比喩です。ヴェステンラント人とて、まさか敵国の民を一人残らず殺し尽くそうとはしないでしょう」
アメリカ人ですらそこまではしなかったのだ。そこまで邪悪な国家は存在しない。
「ふむ」
「つまりは、例え国民が半分になろうとも、ルシタニアが生き残っている限り、ルシタニアを立て直すことは可能です。しかし、ルシタニアが滅べば、何千万の民がいようと、ルシタニアは取り戻せません」
「なるほどな……その考えもまた一理か」
「あくまで僕の個人的な考えですが……」
国王は案外この考えが腑に落ちたようである。
「しかし民は本当にルシタニアが存続することを望んでいるのか……」
「確かに彼らは国家の存在する意味など理解していないかもしれません。しかしそれに気づくのは国家が滅んだ後です。異国人に支配される国ほど惨めなものはありません。そして、それに気づくのは国が滅んだ後なのです」
「そ、そうか……」
シグルズは前世では日本人である。祖国を外国人に支配され、傀儡国として生きることしか出来ない惨めさをよく知っている。だからこそ、この警告はシグルズの本心である。
「ですから陛下、例え100万の民を犠牲にしようとも、ヴェステンラント軍の侵略には断固として抵抗せねばなりません。ルシタニアにはとにかく耐えて頂き、いずれ我がゲルマニア軍がヴェステンラント軍を一掃するでしょう。あと半年もすれば、必ず――」
――しまった。
ただの師団長に過ぎないシグルズが、口約束とは言えルシタニア王に要らぬ約束をしてしまった。だが国王は全てを理解しているような笑みを返すばかりであった。
「ああ。期待しているよ。我々にヴェステンラント軍を打ち払う力がないことは、我々が一番よく知っている」
「はい……」
そうして少々気まずい空気の中、会談は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます