マジュリート解放戦Ⅲ

 戦車から出ると、すぐさまシグルズの顔の目の前を高速の矢が横切った。


「おおっと」

「大丈夫か?」

「ええ。ちょっと僕も甘く見ていましたね。ちゃんと自分を守ります」


 戦闘の激しさはシグルズの予想以上であった。戦車の中に引きこもって感覚が狂っていたらしい。シグルズはただちに魔法で鉄の壁を作り、ヴェステンラント軍からの攻撃を完封した。


「ジハード隊長は……大丈夫そうですね」

「ああ」


 ジハードもまた同じように壁を作り、安全を確保していた。


「では行きましょうか」

「ああ。好きにやれ」

「では――」


 シグルズは壁を体の横に浮かべながら、戦場を駆けた。ヴェステンラント軍はそれに気づいて攻撃を集中させたが、シグルズの壁を貫ける者はいなかった。


 そして両名は大破した戦車の許に辿り着いた。


 シグルズはまず炎上した戦車に大量の水をかけ消火した。そして損傷の様子を検分する。するとすぐにそれは見つかった。


「まあ……これですね」

「そのようだな」


 戦車の後部に穴が開いていた。工具でくり抜かれたような、綺麗な円形の穴である。その穴は綺麗に燃料槽を貫いており、それで発火したのだろう。


「この大きさは……」

「魔導兵の弩ではないな。そう、船に載せるような大型の弩砲のものだ」

「となると……」


 穴を穿ったものは、それを遡ったところにある。シグルズとジハード揃ってその方向を見やった。


「目視では何も確認出来ませんね……」


 見えるのは友軍と、その奥にある森だけだ。


「森の中に隠してあるのだろう。ヴェステンラント軍はこうするつもりでここを戦場に選んだらしい」

「なかなか賢いことを……」

「で、どうする? このままだと敵の狩場で狩られるだけだ」

「それはもちろん、反撃しますよ」


 シグルズは魔法で対物狙撃銃を作り出した。圧倒的な長射程と口径を持ち、地球において最大の威力を持った銃である。


「なんだその銃は……」

「ああ……これは気にしないで下さい。それより、暫く矢を防いでいてもらえますか?」


 シグルズはスコープを覗き込み、銃を構えた。本来は地面に固定して使うものだが、魔法で筋力を上げることで無理やり扱うことが出来る。


 ジハードはその様子を見て、シグルズが何をしたいのか瞬時に察した。


「ああ、分かった。貴殿の軍勢を見学させてもらっている、せめてもの礼だ」

「ではよろしくお願いします」


 ジハードはシグルズを囲むように壁を作り、彼を守る。そしてシグルズは全ての意識を狙撃に集中する。狙撃は専門ではないが、魔法の力で何とかする。


「さて……どこだ……」


 一見するとそこには何もない。見えるのは木々と草だけだ。


 シグルズは細心の注意を払い、敵を探した。


「おっと……」


 そして見つけた。草の隙間から除く、煌めく鉄の矢を。シグルズは舌なめずりして狙いを定めたが――


「!? 撃ったのか!」


 矢がいきなり消滅した。それは矢を放ったということである。


「おい、向こうの戦車が燃えているぞ」

「っ……」


 また一両の戦車がやられた。しかしシグルズは、あえてそれを意識から疎外する。


「次は撃たせない……」


 もう位置は分かっている。速攻で大まかな狙いを定め、そして照準を定める。


 と同時に、敵は次の矢を装填し終えた。


「ここだ!」


 その輝く矢を目印に、シグルズは引き金を引いた。銃声は正に爆音であり、ジハードですら一瞬震えた。


 そして銃弾は見事命中し、弩砲を粉砕した。砕け散った木片が辺り一帯にまき散らされていた。


「成功したか?」

「はい。敵の弩砲は破壊しました」

「では戻るか」

「はい。戻ります」


 3両の戦車を撃破されてしまったが、損害をそれだけに留めることは出来た。シグルズとジハードは指揮戦車に戻る。帰り道では敵からの砲火はほとんどなかった。


「師団長殿、敵が撤退していきます!」

「ああ。追撃はしなくていい。このままマジュリートまで進む」


 敵は主力部隊で戦車隊を足止めしつつ、側面から弩砲で戦車を撃破する作戦だったらしい。だがそれは看破させてもらった。


 ヴェステンラント軍は大人しくマジュリートから撤退し、ゲルマニア軍は威風堂々とマジュリート市内に入る――はずだったのだが、城門は死体で埋め尽くされており、戦車を進めることは不可能であった。


「これは……」

「ああ。酷いものだ」


 シグルズもジハードも言葉を失った。ここまで大量の死体が一か所に積み重なっている様子は、誰も見たことがなかった。


「君たちが、ゲルマニア軍の指揮官か?」


 死体の山の隙間を縫って、やけに派手な格好をした初老の男がやって来た。


「はい。あなたは?」

「私はルシタニア国王、ルイ=アルマンだ」

「うん? え?」

「この方は正真正銘、ルシタニア王国の国王陛下だ。言葉を慎め」


 ジハードは外交官として国王と何度か面会している。ここにいるのは間違いなくルシタニア国王だ。


「は、はい……承知しました。それで……国王陛下ともあろう方がどうしてこんなところに?」

「君たちに礼を言いに来たのだ。我が都を救ってくれて、ありがとう」

「い、いえ……これが仕事ですので……」

「さあ、君たちも疲れただろう。我が都で休んでくれ」

「それどころではない気がしますが……」


 さっきから死臭がすごい。


「ああ……そうだな。まずはここら辺の死体を片付けるところから始めようか……。手伝ってくれるか?」

「無論です」


 取り敢えずは門を綺麗にするところからだ。

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