マジュリート解放戦Ⅱ
「敵の砦を落とし、次はどうする?」
ジハードは問う。
「はい。これは敵の補給拠点に過ぎません。これより敵の本陣を叩き、ヴェステンラント軍を撃退します」
「特に奇をてらった策でもないな」
次の目標はヴェステンラント軍の本体である。
「それに、敵の本体は恐らく、僕たちを本気で潰しにかかってくるでしょう。決戦を挑み、これを一挙に撃滅します」
「しかし、ヴェステンラント軍と決戦とは……貴殿らも大きく出たな」
「まあ、一部の精鋭部隊にしか出来ない真似ですが……」
戦車、装甲車、機関短銃を完備した精鋭部隊でなければ、ヴェステンラント軍と正面からぶつかるなど自殺行為だ。未だにゲルマニア軍の大半は塹壕に立てこもらないとヴェステンラント軍とマトモに戦えない。
「では、全軍、前進!」
今回は歩兵と速度を合わせ、3万の全軍でマジュリートへと前進する。
○
「まあ、こっちに来るよな」
「はい。それがゲルマニア軍の目的なのは間違いないです」
赤の魔女ノエルと副官のゲルタは、おおよそ6,000の兵を率い、ゲルマニア軍を待ち構えていた。塹壕や柵などは何もない、正真正銘の野戦を挑むのだ。
ちなみにこの程度の兵力しかないのは、南ルシタニア全域に兵力を分散させているのと、マジュリートの包囲に兵を置いているからである。
「敵は3万。普通のゲルマニア兵ならば問題なく戦えますが、相手はダキアで確認された戦車とかいうものを擁しています」
「ああ。それをぶっ潰す為にこいつを用意したんだ」
そう言いながら、ノエルは巨大な弩砲に腰かけた。軍船から取り外して運び込んだものである。
「あ、ちょっと、ノエル様、あなたと違ってそれは結構繊細なので、座らないで下さい」
「お、おう、そうか……」
○
「敵は典型的な方陣を組んでいるようだ」
「確かに、戦車の衝撃力を受け止めるには最適な陣形かもしれませんね……」
戦車を騎兵に同じと捉えるのなら、その正面突破を受け止めるには方陣が一番である。その考え方は悪くない。
「少々マズいのではないか?」
「いいえ、戦車の運用は確かに騎兵に似ていますが、その戦力は魔導騎兵の比ではありません。戦車をあの程度の陣形で食い止めることは不可能です」
「よく言い切るな」
「まあ、やってみれば分かることです。機甲大隊、突撃!」
○
「師団長! 主砲の射程に敵を収めました!」
ヴェステンラント兵は密集した陣形を取り、重厚な魔導装甲もあって、まるで動く鉄の要塞のようである。
普通ならそれに正面から突撃しようとは思わないだろう。ゲルマニア軍でも普通は別の方法を試す。
だが今回のゲルマニア軍もまた、動く要塞を持っている。
「よし! 撃て!」
戦車隊は榴弾砲を斉射。方陣の最前列に次々と命中し、魔導兵を吹き飛ばしていく。密集陣形など榴弾の前にはただの的だ。一発の砲弾だけでたちまち崩れる。
「なるほど。榴弾は密集陣形に対して極めて有効と見える」
「ええ。――このまま敵を撃滅する!」
「しかし、敵もまだまだやる気らしいぞ」
「む……面倒な……」
陣形の前方は崩れた。しかし後ろから無傷の兵士が次々と前に出てきて、次の前線を作った。
「出てくるのなら全て打ち倒せ! 全車、撃て!」
前に出てきた兵士は即座に榴弾砲の餌食となった。だがそれが壊滅するや否や、また後ろから兵士が続く。
どうやら兵士が全滅するまで戦い続ける気らしい。
敵陣に突っ込めば魔導兵に取りつかれ、戦車でも撃破されてしまう。結果、戦列歩兵のような消耗戦が戦車と弓兵の間で繰り広げられた。
「時間稼ぎか……奴らは何がしたい……?」
「時間を稼いでいるのだから、何か時間のかかることをしているのだろう」
「具体性がない……」
しかしジハードの言うことも正しい。この戦法ではヴェステンラント軍に勝ち目はない。故に何らかの策を残しているはずだ。
その時だった。
「113号車が大破しました!」
「何? 大破だと?」
シグルズは指揮戦車から身を乗り出して、113号車を見た。
「燃えている……のか。一体何が……」
113号車は燃え上がっており、もう修理も不可能だろう。
周辺に魔導兵はいない。魔導剣で刺し貫かれた訳ではないということ。しかしそれ以外に戦車の装甲を抜ける存在はないはずだ。
「何があった?」
「そ、それが……いきなりエンジンが爆発して、乗員は大急ぎで脱出したとのことで……」
「事故か……?」
ゲルマニアの工作精度はまだまだ低く、どこかが不具合を起こしてエンジンが爆発する可能性は捨てきれない。だがシグルズはそれが原因ではない気がしていた。
その証拠はすぐに出る。
「233号車、大破炎上しました!」
「ああ……見えている」
シグルズの見ている前で戦車が燃え上がった。戦車を実戦投入してから一度もなかった事故が立て続けに二度も起こるとは考えられない。
「これはどういうことだ?」
ジハードは尋ねた。
「僕にも分かりません。ので、調べに行ってきます」
「では私もついて行こう」
「いや、ガラティアの方を危険に晒す訳には……」
戦車の中は安全だが、ひとたび外に出れば銃弾と矢が飛び交っている。仮にもガラティア帝国の要人であるジハードを傷つける訳にはいかない。
「私を誰だと思っている? 私は不死隊長だ。弓矢程度では死なない」
「……分かりました。では一緒に」
シグルズとジハードは戦車から飛び出し、大破した戦車に向かった。
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