マジュリート解放戦

 ACU2311 7/27 ルシタニア王国 臨時首都マジュリート近郊


「これより我々は、マジュリートを包囲しルシタニアの民を苦しめるヴェステンラント軍を撃滅する! 総員、突撃の準備にかかれ!」


 シグルズ自身はルシタニアに大してこだわりはないが、こう言っておけば正義は我らにありということになる。


「貴公は私が思っていたより情熱的な人物なのだな」


 白い布を被った少女はぼやいた。ガラティア不死隊隊長のジハードである。


 彼女はポルトゥス・ウィクトリアエでゲルマニア派遣軍と合流した後(この時点で謎だが)、マジュリートへ向かうと言ってシグルズに着いてきていた。


「演技ですよ。兵士の士気を高めるのも、指揮官の大事な役目です」

「確かに。強い指導者に率いられた兵士は強いからな」


 また、ついでにゲルマニア軍の戦闘能力も見させて欲しいらしく、シグルズはガラティア帝国な内情を少々教えてもらう代わりにこれを了承した。


 まあ戦争を続けていればいずれ全世界に知れることである。ガラティアには少し早く見せるだけだ。


「しかしジハード隊長、僕たちを救ってくれたガラティアの船についても、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですかね?」

「何度も言っているだろう。私は知らん。ブリタンニアの連中が我が国の船を奪って駆けつけたのだろう」

「本当に?」

「ああ。我が国に対する重大な背信行為だ。とは言え我が国を利することでもある。いかんともし難いな」


 ガラティア帝国からすれば、亡命を受け入れてやったのに裏切られて一個艦隊を丸々奪われたのである。ブリタンニアに宣戦布告してもおかしくないくらいの重大な問題だ。


 しかしゲルマニアの派遣軍がルシタニアにたどり着いたことで、ルシタニアが生き延びる可能性が出てきた。そうなれば帝国にとっては大きな利益となる。


 この板挟みでガラティア政府が対応を決めかねているのは事実だ。


「私は今や本国との通信手段を有していない。だから中央が今何を考えているかは私にも分からない」

「――分かりました。これ以上の詮索はやめておきます」

「ああ。懸命な判断だ」


 ジハードは重要なところは何も話そうとしない。


 シグルズは契約違反だとも言いたくなったが、ガラティアでもかなりの実力者と顔見知りになれることを考えると、取り敢えずこのままにしておくことにした。


「準備は整ったのか?」

「はい。準備万端です。これより出撃します」

「ガラティアは、ルシタニアが適度に生き残ることを望んでいる。期待しているぞ」

「適度にとは……」

「気にするな」


 という訳で、ゲルマニア軍はマジュリートの解放に乗り出した。


 〇


「撃て! 一人として生きては返すな!」


 戦車主砲の爆音、耳をつんざく機関銃の銃声。戦場を支配するのはただそれだけである。


 ゲルマニア軍はヴェステンラント軍の野戦陣地に突入した。50両の戦車を筆頭とする機械化大隊である。


 ヴェステンラント軍は包囲中に外から攻撃されることを警戒していくらかの柵と塹壕を構築していたが、戦車の前に意味はない。


 榴弾は木の柵など簡単に吹き飛ばし、塹壕も戦車の動きを阻むことは出来ない。戦車というのは元々塹壕を乗り越える為に開発されたものなのだから。


「ヴェステンラントが防御するところを力で押し破るとは、予想以上だ……」

「これが戦車の本来の役目です」

「次の手は? 歩兵を待つのか?」


 奇襲効果を高める為、また兵士の安全の為、戦車と装甲車のみで突撃を行った。そして敵の防衛線が崩壊した後、後詰を送り込む作戦である。


「いえ、歩兵を待ちはしません」

「ほう?」

「このまま戦車部隊で前進し、敵の頭を潰します」

「そうか……まあ私に口出しする権利はない。好きにしてくれ」

「無論です」


 言わば簡易的な電撃戦である。


 塹壕線は既に機能を失っているが、完全に制圧した訳ではない。しかし戦車は制圧を待たずに前進するのである。


 敵に一切の休みを与えず、敵が状況を把握した頃にはもう負けている。それが戦車の正しい使い方だ。


「目標、前方の砦! 進め!」


 ヴェステンラント軍が築いた包囲の為の簡素な砦。次の目的はそれである。


「敵軍より斉射、来ます!」

「構うな。進め!」


 砦なだけあって、敵は見張り台から矢を撃ちかけてきた。が、その矢は装甲車にすら通じない。カンカンと弾かれ地面に転がっていく。


「奴らを叩き落としてやれ!」

「はっ!」


 戦車隊は見張り台の根元を狙って榴弾を斉射。一撃で見張り台はぽっきりと折れ、それに登っていた兵士は次々と転落した。まあ運が良ければ助かるかもしれない。


 敵の健気な抵抗を完全に粉砕し、ゲルマニア軍の士気は更に高まる。


「このまま前進! 砦を制圧せよ!」


 ヴェステンラント軍は木造の城門で迎撃することを試みたが、徹甲弾に切り替えた主砲の前に、あっという間に城門ごと吹き飛ばされた。


 逃げる魔導兵を掃討しつつ前進すると、すぐに砦の本体にぶつかった。そして数発榴弾を食らわせると、砦はすぐに降伏を選んだ。


 この間僅か30分ほど。


 簡易的とは言え、砦がこれほどまでに一瞬で陥落したのは、シグルズ以外の誰にとっても予想外であった。

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