マジュリート包囲戦

 ACU2311 7/26 ルシタニア王国 臨時首都マジュリート


 マジュリート包囲は続いている。ヴェステンラント軍には珍しく、攻撃ではなく包囲であった。


 城門を攻め落とそうとする試みはことごとく失敗し、残る手段は補給路を経って城内を干からびさせるだけとなった。


 しかしマジュリート市内には大量の食糧が貯蓄されており、ただ包囲するだけでは一月や二月で降伏することはないだろう。この状況をどう収拾すべきか、ヴェステンラント軍は非常に悩んでいた。


「ノエル様、また前と同じことをしますか?」


 眼鏡をかけた小柄な少女、赤の魔女ノエルの副官のような存在であるゲルタは尋ねた。


 何のことかと言えば、以前にルテティアを攻めた時、市内の多くの建物を巻き添えに食糧庫を焼き払い、降伏に追い込んだことである。


「そういうことはあんましたくないんだがな……」


 ノエルの気性は荒く、過激な作戦をも厭わないが、民間人を傷つけるべきではないという最低限の騎士道精神は心得ていた。


 あのやり方では正確に敵の拠点だけを狙うことは出来ない。必ず民間人に死者が出るだろう。


「しかし、敵国の民の為に我々の兵士を犠牲にする訳には……それに、市内を焼いた方が、ルシタニア人の死者も少なく済みます」

「そうかもなあ……」


 実の所、このまま攻城戦を続けるより市内を焼き討ちした方が死者は少なく住む。ルシタニアにとってもヴェステンラントにとってもよい選択なのだ。


 と、その時だった。


「ノエル様、北の部隊から通信が入っています」

「何だって?」

「その……カエサラウグスタが……」

「何だ? 落としたか?」

「いえ、包囲していた部隊が撃退されました」

「は? 何を言ってる?」


 カエサラウグスタは確かに大都市ではあるが、マジュリートと比べれば大した都市ではない。


 マジュリートですら反撃に出る余裕まではないのに、あの都市がヴェステンラント軍を撃退出来るはずがないのだ。


「どうやら市の外から攻撃を受けたようです。それで、市内と市外から挟み撃ちに……」

「ルシタニアにそんな余裕が?」

「いえ、その……ゲルマニア軍が襲撃してきたとの事です」

「ゲルマニア? そうか……そう言えばそんなのもいたな……」

「ノエル様……」


 ゲルマニアがルシタニアに援軍を送ったことは前から知れている。そしてそれをオーギュスタンが阻止しようとし、失敗したこともまた、当然ながら知らされている。


 まあノエルはそんなこと完全に忘れていた訳だが。


「しかしゲルマニア軍の動きは予想以上に早いです。この早さだとすぐにここにも来るでしょう」

「……分かった。すぐにマジュリートを焼け」

「はっ」


 〇


「ヴェステンラントの炎だ!」「逃げろ!」「落ち着け! 何の為の地下室だ!」


 ルシタニア軍は物量に頼って戦っているが、空から来る敵への対抗策はほとんどない。火縄銃の射程より高く飛ばれては、正真正銘手出しのしようがないのだ。


 ヴェステンラント兵は数十名の魔女をマジュリートの上空に送り込み、空から炎の雨を振らせた。地上を制圧するには全く足りないが、地上を焼くには十分だ。


 マジュリートの中心にある城や施設は次々と炎上した。弾薬庫や食糧庫はもちろん真っ先に燃え上がった。


「陛下、報告申し上げます」

「うむ……」


 言われなくても何を言われるかは明らかだった。


「先程の襲撃で、多くの物資が失われました。特に弾薬の損害が大きく、備蓄の半分が吹き飛んでしまいました……」

「厳しいな……」

「しかし陛下、食糧に関しては、町中に保管されています。損害は軽微です」


 今やマジュリートでは全市民が兵士だ。食糧は一箇所に固めるのではなく、市内の至る所に保管してある。故に今回の襲撃で失われたのはほんの一部だ。


 しかし弾薬に関しては市民に持たせておく訳にもいかず、そのせいで多くが失われてしまった。


「食事はあるが弾はないか……」

「はい。その……最悪弾丸がなくても白兵攻撃で何とか……」

「そうはなりたくないが……」


 が、マジュリートは早々にそうせざるを得なくなってしまった。


 〇


「クッソ! 何なんだお前ら!」

「ルシタニア万歳!」「国王陛下に栄光あれ!」


 攻め込んでいるはずのヴェステンラント軍が、いつの間にか自分の身を守るので精一杯。


 ルシタニア人は最早銃すら持たず、剣と槍で襲いかかってきた。無論、魔法も何もない、ただの鋼鉄の加工品である。


 魔導兵は必死に弩で応戦した。一本で数人を貫ける矢だが、それですら彼らの勢いを止めることは出来ず、彼らはルシタニア人の波の中に呑み込まれた。


「死ねっ! 悪魔が!」

「どっちが悪魔だ!?」


 ルシタニア人は力任せに魔導兵を押し倒し、その装甲を無理矢理剥がし、その体に刃を突き立てた。


 それは軍隊ではなく、まるで暴徒のようだった。だが数だけ見れば圧倒的に劣勢なヴェステンラント軍には強力な戦術である。ヴェステンラント軍は既に一万以上のルシタニア人を殺したが、それでも彼らに撤退という概念はないらしい。


「ノエル様! 今回も失敗です! 敵の勢いは全く衰えません!」


 食糧庫を焼かれ意気消沈しているかと思いきや、ルシタニア人は凄まじい殺意で自分の身も顧みずに襲いかかってきた。狂気を宿したルシタニア人が命を顧みず突進してくる姿には、ノエルですら恐怖を覚えた。


「イカれてやがるな、まったく。今度も失敗だ! 退け!」


 マジュリートを力で攻め落とすことは、ヴェステンラント軍にもついに叶わなかった。

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